鈍重にして鋭利

フレンチ警視最初の事件 (創元推理文庫)

フレンチ警視最初の事件 (創元推理文庫)

名のみ聞く稀覯本フレンチ警視最初の事件』が数十年ぶりに新訳で復刊されたというので、早速読んでみた。
一読して非常に感銘を受けた。
これは傑作だ。
実は、クロフツは以前あまり好きな作家ではなかった。名作『樽』は高校生の頃に読んだが、今ひとつ没入できず、さほど面白いとは思わなかった。その後、数冊読んだはずだが、『二つの密室』以外は何を読んだのかタイトルすら覚えていないというありさまだ。ちなみに、倒叙ミステリの古典『クロイドン発12時30分』は未読だ。はっはっは。
高校生のときに読んだ『樽』*1はあまり訳がよくなかったのかもしれない。5年前にハヤカワ文庫版で再読したところ意外と面白かった記憶がある。そこで改めてクロフツに興味を抱いたのだが、続けて別の作品を読むところまでは至らなかった。としをとると海外ミステリを読むのが辛くなるのです。
昨年、最後の未訳長篇だった『フレンチ警部と毒蛇の謎』が出たので読んでみて、その素晴らしさに驚嘆した覚えがある。確かこの日記で感想文を書いてあったと思ったのだが、探してみてもこの本を読んだということを書いてあるだけで、感想文が見当たらない。むぅ、Twitterでつぶやいて満足してしまったか……。
で、このたびの『フレンチ警視最初の事件』だが、『フレンチ警部と毒蛇の謎』に勝るとも劣らない傑作だと思う。どちらもクロフツの作家人生の中で後期に発表された作品だが、タイトルからもわかるとおり『フレンチ警部と毒蛇の謎』よりも『フレンチ警視最初の事件』のほうがより後年の作品だ。『フレンチ警部と毒蛇の謎』がクロフツ晩年の宗教的にな倫理観の高まりを反映した作品だったので、その傾向がより強まっているのかと思って読み始めたのだが、なるほどそのような要素も幾分含まれてはいるけれど、むしろ構成面での技巧が冴えた、より「ミステリらしいミステリ」だった。
ここで『フレンチ警視最初の事件』の粗筋を紹介するのが筋というものだろうが、あえて省略することにしたい。というのは、もともと小説のプロットをかいつまんで説明するのが苦手なうえに、この小説はふつうのミステリに比べて要約するのが難しいという特徴があるからだ。一般にミステリは作中で扱われる事件の真相をばらしてはいけないという不文律があるが、『フレンチ警視最初の事件』の場合は、メインの事件がいつどのような形で読者の前に開示されるのかを事前に知らせることすら未読の人の楽しみを奪うことになりかねない。
そういうわけで、具体的な内容については一切触れないこととして、再度『フレンチ警視最初の事件』が傑作であることを強調して感想文を終えることとする。
あ、今日の見出しの意味を説明するのを忘れた。ま、いいか。

*1:創元推理文庫以外の文庫本だったということしか覚えていない。昔は『樽』はあちこちの文庫から出ていた。