21世紀のヴァン・ダイン

猫間地獄のわらべ歌 (講談社文庫)

猫間地獄のわらべ歌 (講談社文庫)

見出しは適当につけた。『猫間地獄のわらべ歌』にヴァン・ダインを想起させるような要素はほとんどない*1。「21世紀の伴大矩」という見出しも検討したが、これはさすがにちょっといかがなものかと思ったので自粛した。
まあ、見出しのことはどうでもいい。
『猫間地獄のわらべ歌』がどんな小説かを一言で言い表すなら「時代小説版『名探偵の掟』」ということになるだろうか。だが、大きく違う点もいくつかある。たとえば、『名探偵の掟』発表当時の東野圭吾は今のようなベストセラー作家ではなかったとはいえ少なくともミステリファンの間では既によく知られた作家だったが、現段階で幡大介を知っているミステリファンはあまり多くないだろう。『猫間地獄のわらべ歌』は、いわば幡大介がミステリファンに叩き付けた「読者への挑戦状」とも言える。
ここでちょっと余談。およそ1年前に後輩に薦められて幡大介の大富豪同心シリーズを読み始めたとき、こんな感想文を書いた。ああ、「大富豪同心シリーズはミステリ色はほとんどない」なんてこと書いてる! この感想は4冊読んだところで書いたものだが、その後はややミステリ色が増しているので、今から振り返ってみるとややずれているような印象を受ける。だが、今さら過去に戻って感想を抱き直すこともできない。
さて、幡大介の小説は大富豪同心シリーズしか読んでいない*2のだが、最新の『卯之吉子守唄-大富豪同心(9)』まで読むと、『猫間地獄のわらべ歌』のような小説を書いてもおかしくないだろうな、と思える。タイトルも何となく似ているし。だから、この小説のことを知ったときにはさほど意外でもなかったのだが、実際に読んでみるとかなり意外だった。大きな物理トリックが2つ、密室トリックとアリバイトリックがあり、それとは別にシチュエーションのトリック*3がいくつかある。よくぞこれほど惜しげもなくアイディアを投入したものだ、と感心した。
とはいえ、もっとも感心したのはそれらのトリックそのものではなく、密室の扱い方だった。猫間藩下屋敷の書物蔵で腹を切った死体が発見され、どう見ても切腹自殺なのだがそれでは困る事情があり、主人公*4が事件を密室殺人に偽装する役目を仰せつかり四苦八苦する、というややひねくれた設定なのだが、これだけではミステリファンならさほど感心はしないだろう*5。感心するのは、主人公がどうやって密室へ仮想犯人が出入りできたのかあれこれ考えを巡らせている間に、「なぜ切腹自殺したのか?」という、本来なら真っ先に考えるべき謎がどこかへすっ飛んでしまうということだ。この辺りの手管は絶妙だ。
ん、そこは感心するポイントじゃない、って?
確かに、切腹自殺の謎から読者の目をうまく遠ざけておきながら、解決場面でそれが効果的に活用されているわけではないので、あまり感心しないと考える人もいるだろう。まあ、感想は人それぞれだ。
人それぞれ、といえば、ところどころに挿入される例のアレはどうだろう? ああいうのを面白いと思う人もいれば、鼻白む人もいるだろう。個人的には「物語が破綻しそうなのにうまくバランスをとっている」とは思うが、それ以上ではない。たとえば、『超人探偵』のような書き方もできたのではないかと思うのだが……。
ともあれミステリファンは一度読んでみて損はないと思う。時代小説ファンが読んでどう思うかはわからないけれど。

*1:強いていえば、童謡殺人の古典『僧正殺人事件』と関連づけられないこともないかもしれない。

*2:と書いたが、よく考えればデビュー作の『快刀乱麻 天下御免の信十郎1』も読んでいた。続けて2冊目以降も読もうかどうしようかと思っているうちに忙しくなって、つい今まで読んだことすら忘れてしまっていた。

*3:「シチュエーションのトリック」と言われても何のことかピンと来ない人が多いと思うが、クリスティー横溝正史が得意とした、登場人物の配置やプロットの立て方の工夫などにより読者を騙すトリックの総称と思っていただきたい。

*4:もう一人、猫間藩の郡奉行という主役級の登場人物がいるので、「江戸パートの主人公」と呼ぶほうが適切かもしれない。

*5:密室ものではないが、似たような状況を扱った最近の作例には、たとえば『虚構推理 鋼人七瀬』がある。