まちから店がなくなる日

主婦の友社が新書市場へ参入したのは2010年のことだった。主婦の友新書は他の新書レーベルとはちょっと違っていて、本のタイトルが「なくなる日」で統一されているのが特徴だった。

「だった」と過去形で書いているのは最近新刊を見かけないからで、公式サイトをみても目につくところに新書コーナーが見あたらない。結構面白いタイトルの本があったんだけどなぁ。

パチンコがなくなる日―警察、民族、犯罪、業界が抱える闇と未来 (主婦の友新書)

パチンコがなくなる日―警察、民族、犯罪、業界が抱える闇と未来 (主婦の友新書)

コンビニがなくなる日―どうなる?流通最終戦争 (主婦の友新書)

コンビニがなくなる日―どうなる?流通最終戦争 (主婦の友新書)

ブスがなくなる日 (主婦の友新書)

ブスがなくなる日 (主婦の友新書)

今ざっといくつか挙げてみたが、すべて未読だ。読んでみたいなぁ、と思っている「なくなる日」が1冊あるのだが、残念ながら(?)主婦の友新書ではない。
新書686桜がなくなる日 (平凡社新書)

新書686桜がなくなる日 (平凡社新書)

実際に読んだことがある「なくなる日」も1冊。これも主婦の友新書ではない。さて、前置きはこれくらいにしておこう。
最近、Amazonの目指す場所 - 本屋のほんねという記事を読んだ。なかなかインパクトの強いことが書かれていて、はてなブックマーク - Amazonの目指す場所 - 本屋のほんねでも多くのコメントがついている。ごく短い記事なので、全文読んでいただくのがいちばんだが、リンクをクリックするのも面倒な人*1のために、核心となる箇所を引用しておこう。

こないだ、Amazonに転職した元同僚と飲む機会があったので、

「おまえのAmazonでのミッションって何なわけ?何をめざしてるんだ?」って聞いてみたんだけど

「世の中にあるリアルショップをすべて無くすこと。それも10年以内に」と即答されたときには、ちょっと言葉に詰まった。

10年以内にリアルショップ全滅というのは言い過ぎだろうが、今、小売業の形態が大きな変換の時期を迎えているのは間違いない。その変化を地価を手がかりに見てみよう。
今年3月に公表された平成25年地価公示の公表データの中に興味深いものがある。第5表 都道府県別・用途別対前年変動率を見ていただきたい。全国のほとんどの都道府県で、住宅系・商業系・工業系ともに地価が下落基調にある*2のがわかる。この傾向はリーマンショック以来ずっと続いている*3のだが、昨年に比べて下落率が縮小しているところが多い。
特に注目してもらいたいのは、「工業地」の千葉・東京・神奈川の3道県の変動率だ。昨年は1.5パーセントから2.0パーセントの下落だったのが、今年は0.2パーセントから0.5パーセントの下落と大幅に縮小しており、ほぼ下げ止まりになっている。東日本大震災からの復興途上にある宮城県、本土と工業形態が異なる沖縄県以外では、このような地価の動きを示している道府県はない。東京近辺では工業が活発化しているのだろうか? 円安による国際競争力の回復? いえいえ、このデータは今年1月1日現在のものだ。まだアベノミクスの影響はあらわれていない。
工業地の特徴的な値動きの理由は、平成25年地価公示のいちばん下のリンク、地価公示価格形成要因等の概要(PDF)という資料に書かれている。これは全都道府県の状況を149ページもある1つのPDFファイルにまとめたもので、大変見づらい。分割して都道府県別に掲載してほしいものだ。
この資料の36ページに次のように書かれている。

・物流基地としての用地取得需要は旺盛である。これまでの湾岸地区だけではなく内陸部でもインターに近いなど立地が良ければ積極的に買われている。
・生産拠点としての工場用地の新規需要は低く、取引も少ない。

これは千葉県の状況だが、東京都もほぼ同じだ。40ページを見てみよう。

円高下、厳しい経営環境にある製造業の工業地需要は弱いものの、流通業務用地に対しては、通販販売事業者などを中心に物流集約効率化を目指す企業による需要が旺盛で、23区の平均変動率は若干の下落に止まった。

ついでに神奈川県の状況も。48ページ。

横浜市では物流需要の強い臨海部の鶴見区で0.4%(前年△0.8%)、金沢区で0.4%(前年△1.6%)、川崎市では研究機関の進出が続く殿町地区が存する川崎区で1.4%(前年△0.4%)と上昇を示した。
圏央道相模縦貫道路の建設が進捗しており、県央を中心に物流需要に根強いものがあることから、やや強い動きとなっている。海老名市で2.1%(前年△0.5%)、綾瀬市で0.6%(前年△0.3%)、厚木市で0.3%(前年△1.5%)、相模原市南区で0.3%(前年△1.5%)と上昇がみられた。

3都県とも、工業地の価格下落に歯止めをかけているのは主に物流系の需要であり、「工業地」という言葉のイメージから連想するような、工場が盛んに建設されているわけではないということがわかる。
日本の産業構造の転換をおおざっぱにいえば、戦後の高度成長期には「第一次産業から第二次産業へ」という動きが顕著だったが、昭和の終わり頃から「第二次産業から第三次産業へ」と重心が移りつつある。大都市圏の湾岸の工場などがどんどん海外へと移転してしまい日本の工業が空洞化している、という話はもう20年くらい前からされている。工場跡地の再開発でテーマパークやショッピングモールが盛んに誘致された時期もあるが、最近ではネット通販の進捗に伴い流通基地が増えている。それが地価という形で反映されているわけだ。
新しい土地利用動向はまず首都圏から始まり、ついで中京・近畿圏に広がり、さらに他の地方都市圏へと波及していくという傾向があるので、近々、首都圏以外でも工業地の物流系用途への転換による地価底支え効果が出てくるかもしれない。
さて、ネット通販が伸びれば、総需要が一定であれば実店舗の売り上げが下がることになる。では、同じ地価公示の「商業地」の状況はどうだろうか?
平成25年地価公示結果の概要では次のように書かれている。

都道府県で前年より下落率が縮小した。オフィス系は依然高い空室率となっているものの、新規供給の一服感から低下傾向にあり改善傾向が見られる地域も多く下落率は縮小している。また、店舗系は総じて大型店舗との競合で中小店舗の商況は厳しく商業地への需要は弱いものとなっているが、繁華性のある地域では商業地の希少性もあり上昇地点も見られる。

主要都市の中心部において、耐震性に優れる新築・大規模オフィスへ業務機能を集約させる動きのほか、拡張や好立地への移転も見られ、優良なオフィスが集積している地域の地点の地価は下げ止まってきているが、中小の古い旧耐震ビルの多い地域は依然需要は弱くなっている。

また、三大都市圏と一部の地方圏においては、J-REITによる積極的な不動産取得が見られた。その他、堅調な住宅需要を背景に商業地をマンション用地として利用する動きが全国的に見られた。

通販と競合関係にないオフィス系とマンション用地*4需要により商業地の下落率が縮小しているが、本来「商業地」の中心を占めるはずの店舗系需要は弱い。ここで注目すべきのは2点。
ひとつは「大型店舗との競合で中小店舗の商況は厳しく」という箇所だ。
商店街の衰退が叫ばれるようになって久しい。モータリゼーションの進捗、外圧による大店法*5の廃止などにより、郊外への大規模商業施設の立地が相次ぎ、また、先にも述べたとおり、大規模工場の跡地にも商業施設が進出しているので、経営基盤の弱い個人商店主が中心の商店街はみるみるうちに衰退し、いまや全国的にシャッター街がごく当たり前のように見られるようになっている。この状況は、ときには「中心市街地vs.郊外」という構図でも語られることがある。
細かくみると、商店街に打撃を与える「大型店舗」にも変容がある。スーパーマーケットが大型化してハイパーマーケットに進化したものの日本人のライフスタイルには馴染まず衰え、かわりにテーマパーク的要素を取り入れたショッピングモールが伸びてくる、というふうに。また、既存市街地の小売業のプレイヤーには商店街のほかに百貨店という大物があり、時には商店街と反発しながら、また時には商店街と依存しながら、中心市街地の商業をリードしてきたという経緯がある。だが、これらの事情をいちいち語り始めるときりがない。
今年の地価公示の結果から言えることは、「大型店vs.小売店」という旧来の構図は今でもまだ有効であるらしいということだ。今後、ネット通販がさらに伸びてきて、この構図が全く無効となる日が来るかもしれないが、今のところはまだ完全に捨てることはできない。
もうひとつの注目点は「繁華性のある地域では商業地の希少性もあり上昇地点も見られる」という箇所。3.都道府県別の変動率と地点数をみると、商業地の価格上昇地点は三大都市圏と宮城県・福岡県に集中してみられる。宮城県東日本大震災後に極端な値動きを見せている地点が多いので、商況をどの程度反映しているかは不明だが、少なくとも仙台市は東北地方の中心都市だし、福岡県には言うまでもなく福岡市・北九州市というふたつの政令指定都市がある。その他の道県には商業地の価格上昇地点はごくわずかしか見られない。つまり「繁華性のある地域」という言葉でイメージされているのは大都市圏であり地方の県庁所在市レベルではないということがわかる。具体的な地価の上昇が見られた個別地点を見るとだいたいイメージが掴めるが、要はネット通販がどれほど勢いを増そうが負けないほどの競争力を備えた地域と言えるのではないかと思われる。
ここまでは、国が公表しているデータに基づいて、わりと堅めに話を進めてきたが、ここからは妄想全開で与太話をすることにしよう。
ネット通販がこれからどうなるかは予測できない。案外、物流を担うトラック運転手の不足であっさり崩壊してしまうという可能性もある。だが、物流の危機を何とかクリアしたとしよう。するとどうなるか。
ネット通販の強みは、多品種少量生産の商品でもっとも発揮される。大量生産大量消費される商品、たとえば日常の買い回り品などを扱う店舗はネット通販に対抗できるだろう。また少量生産の商品でも移動運搬により劣化するようなものは通販では扱いにくい。従って、まちから小売店が完全になくなる日はこないだろうと思われる。
しかし、本とかCDとかを扱う店は確実に激減する。これはもう明らかだ。実店舗の棚を見ながら商品を選択したいというニーズは確実に存在するが、そのようなニーズだけで経営を支えられるのはよほどの好立地の店舗だけだ。残念ながら、そのようなニーズを持った人々の多くは「買い物難民」になるしかない。
もっとも、CDは既にインターネットダウンロードに押されているし、書籍の電子化も進んでいるから、ネット通販の影響は限定的かもしれない。多品種少量生産の商品を扱っていて、ネット通販によりより大きなダメージを受けるのは、衣料品店玩具店、雑貨店の類かもしれない。食料品店でも乾物・冷凍食品などを扱う店はネット通販に押されるだろう。
中心市街地は既に衰退しており、これからもじわじわと衰退は続く。利便性の高い土地はマンションに用途転換し、地域住民の買い回り品を扱う店と、サービス業だけが生き残る。この傾向は、ネット通販とはあまり関係がないかもしれない。
より大きな変化は郊外で見られることだろう。バイパス沿いに林立した全国一律の路線商業施設の多くは廃墟となるだろう。あの紳士服量販店もこのベビー用品店も数年後には撤退し、出店募集の立て看板が虚しく並ぶことになる。
郊外型店舗でもファストフード店は残るだろう。ハンバーガーも牛丼も通販で買えるが、ネットでは満たされない「だべり欲」を充足するため、地方の若者は実店舗に足を運ぶことになる。しかし、クルマを持たない若者が自転車で移動できる範囲に限られる。
レンタルビデオ店は壊滅するだろう。蔦屋書店 武雄市図書館は残るかもしれないが。道を挟んで向かい側のゆめタウン武雄は食料品コーナー以外は厳しいかもしれない。
ショッピングモールが「疑似東京」*6を演出できる時代はまもなく終わる。地方の若者は、「消費文化難民」となり、スマホでアマゾンにアクセスするときだけ自分が難民であることを忘れることになる。
商店が減り、雇用も減る。でもワタミゼンショーは健在だ。ユニクロも安泰だが実店舗は撤退してネット通販オンリーになっている。
一方、東京はどうか。銀座にはいっぱい店がある。原宿にもいっぱい店がある。渋谷にも新宿にも六本木にもいっぱい店があり、それぞれが別の個性あるまちとなっている。今とあまり違いはない。
……妄想全開のはずが、あまりぱっとしない。ネット通販がどうなろうがそんなに大した変化にはならない、という気持ちが心の奥底にあるのだろう。いずれにせよ、日本は高齢化と人口減少により個人消費が縮小傾向にあるのだから、小売店はどんどん少なくなっていくだろうし。

*1:そんな人は、本題の前に無関係な前置きをだらだらと書いているようなまどろっこしい文章を読みはしないと思うが。

*2:数値の前についている三角印はマイナスを意味している。

*3:地域によってはバブル崩壊後地価の下落が止まっていない。

*4:マンションは住宅なのだから、「商業地」ではなく「住宅地」なのではないかという素朴な疑問が浮かぶのだが、知り合いの不動産鑑定士に聞いたところ、最近のマンションはどうみても商業地としか考えられないところに建設されることが多く、また下層部分に店舗がテナントとして入ることもあるので、一概に「住宅地」にカテゴライズすることはできないとのことだった。

*5:大店法」は、現行の大規模小売店舗立地法の略称として用いられることもあるが、通常は大規模小売店舗法を指す。現行法は「大店立地法」と略すことのほうが多いように思われる。

*6:何でもある田舎のジャスコと、東京を知る人と知らない人との格差 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月参照。