福田栄一の小説を初めて読んだのは2005年のこと。第2長篇『玉響荘のユーウツ』を読んで非常に感動し、こんな感想文を書いたものだ。
玉響荘のユーウツ (トクマ・ノベルズ Edge)

玉響荘のユーウツ (トクマ・ノベルズ Edge)

これ、今は「在庫なし」だそうだし、今後も重版することはないだろうなぁ、と思っていたのだが、来月文庫化するらしい。面白い小説なので、この機会に多くの人々に読まれることを期待したいものだ。
『玉響荘のユーウツ』の次に読んだのは、デビュー作の『A HAPPY LUCKY MAN』だった。当時、刊行から2年を経ていたため、田舎の書店では入手できず、苦労したことを覚えている。
A HAPPY LUCKY MAN

A HAPPY LUCKY MAN

これも面白かった。
『A HAPPY LUCKY MAN』と『玉響荘のユーウツ』はどちらも主人公の身に次から次へと難題が降りかかってきて、それを解決していくというスタイルの極めて技巧的なジェットコースター小説で、どちらも同じくらい面白いのだが、先に『玉響荘のユーウツ』を読んだので、そちらのほうが強く印象に残っている。逆に、刊行順に読んだ知人は『A HAPPY LUCKY MAN』のほうが面白かったと言っていた。これは後に文庫化しているが、今は品切れではないかと思われる。
A HAPPY LUCKY MAN (光文社文庫)

A HAPPY LUCKY MAN (光文社文庫)

この2冊を読んで、すっかり福田栄一が気に入ったので、それからしばらくの間、新作が出るたびに読んでいた。
あかね雲の夏

あかね雲の夏

メメントモリ (Edge)

メメントモリ (Edge)

監禁 (講談社ノベルス)

監禁 (講談社ノベルス)

晴れた日は、お隣さんと。 (MF文庫ダ・ヴィンチ)

晴れた日は、お隣さんと。 (MF文庫ダ・ヴィンチ)

ここまで。
読んだ作品全部にではないが、いくつかについては感想文を書いている。これとかこれとかこれとか。『晴れた日は、お隣さんと。』も面白かったので、特に見限ったというわけではないのだが、結果的にはこれ以来、長らく福田栄一作品を読んでいなかった。たぶん、その頃、ライトノベルを読むのにあっぷあっぷしていて、他の小説に振り向ける余力が少なくなっていたからだと思う。今ではライトノベルはほとんど読まなくなったが、その分、非ライトノベルの読書冊数が増えたわけではない。昔はよく読んだ作家でも、いったん追いかけるのをやめてしまうと、再度手を伸ばす気にならなくなるもので、同じ頃に読むのをやめてそれっきりの作家が他にも何人かいる。
それから5年。調べてみると、福田栄一の単著はこれだけ出ているようだ。ざっと検索してみただけなので、もしかすると漏れがあるかもしれない。
狩眼 (講談社ノベルス)

狩眼 (講談社ノベルス)

蒼きサムライ (MF文庫ダ・ヴィンチ)

蒼きサムライ (MF文庫ダ・ヴィンチ)

夏色ジャンクション

夏色ジャンクション

今挙げた作品のうち、いちばん最後の『春の駒 鷺澤家四季』は、福田栄一初の「日常の謎」連作ミステリとのことで、久しぶりに読んでみることにした。これまでジャンル小説の枠に収まらない作品が多かった福田栄一が、「日常の謎」という規定演技をどうこなしているのかということに興味があったのだ。ミステリ・フロンティアからは『エンド・クレジットに最適な夏』以来2作目*1だが、前作はガチガチのミステリというよりは、ミステリ風味の青春小説という趣の作品だったので、かなり毛色が異なっているのだろうと予想してはいたのだが、実際に『春の駒 鷺澤家四季』を手にとってみて、カバー裏の著者略歴に『エンド・クレジットに最適な夏』がないのには驚いた。
閑話休題
『春の駒 鷺澤家四季』を読んで、その余波(?)で福田栄一の他の未読作品も読んでみようと思って書店に行くと、先月文庫版が出たばかりの『夏色ジャンクション』が置いてあったので、ためらわず購入した。『僕とイサムとリサの8日間』という副題が付けられているが、これは元版にはなかったものらしい。
さて、本の最後のほう、奥付の少し前に次のように書かれている。

本書は東日本大震災以前に執筆されたものです。
2009年7月号〜12月号、月刊ジェイ・ノベルで連載。
2010年5月、単行本『夏色ジャンクション』として刊行。
文庫化にあたり、加筆修正を行いました。

雑誌連載も元版刊行も東日本大震災より前なのだから、東日本大震災以前に執筆されたのは明らかで、なぜわざわざこんな断り書きをしているのか不思議だったのだが、本文を読むと、東北地方で大地震が発生した後という設定だったので、妙な誤解を避けるためにあえて強調したのだろうと推察できる。なお、作中の震災は主に山形県が被災地で、現実の東日本大震災とは全く異なるし、特に震災後の世界ということに力点を置いた小説でもない。
では、何に力点が置かれているかといえば、「夏」という季節、そして、その季節に擬えられる人生の一時期なのだろうと思われる。『あかね色の夏』も『エンド・クレジットに最適の夏』もそうだったが、福田栄一は夏を描くのが非常にうまい作家だ。たぶん、真冬に読んでも夏の情景を連想せざるにはいられないと思うが、猛暑まっただ中の今読むと効果が倍増する。今日読んでよかった、そう思える小説だった。
余談だが、『夏色ジャンクション』は温泉の描き方もうまい。日本の温泉史に多少とも興味のある人なら、湯治場が共同湯を中心に発達したこと、温泉宿には本来温泉はないものだということなどを知っているはずだが、昭和の観光ブームで有名温泉地の多くは変容してしまい、今では昔ながらの温泉街が残っているところは数少なくなった。この小説では、特に饒舌に語ることなく、さらりと古きよき温泉地を描き出している。
まだ、いろいろ言いたいことはあるのだが、脈絡のない思いつきばかりでまとまりが悪くなりそうなので、このあたりでおしまいにしておく。

*1:その間にアンソロジーの『蝦蟇倉市事件1 (ミステリ・フロンティア)』に参加してはいるが。