市原湖畔美術館にみる丸源ラーメンっぽい何か

今回の話題には丸源ラーメンは関係ないのだが、時節柄*1、「丸源ラーメン」に言及しておくとアクセス数が稼げそうな気がしたので、こんな見出しにした。
さて、市原湖畔美術館の話をしよう。
この美術館のことは、千葉県市原市に「市原湖畔美術館」オープン 地方の公立美術館再生の光になるか?という記事で知った。以下、この記事をベースに話を進めるので、お急ぎでない方はまずご一読されたい。
………読みましたか?
この記事を読んでから市原湖畔美術館の各ページをざっと眺めてみて、ふと連想したのが丸源ラーメンの味だった。「どうせチェーン店だしなぁ」と思いながら一口食べると意外といける、でも続けて食べ進めていくと……正直、大盛りは辛いかな、という感じ。※個人の感想です。
でも、この喩えは丸源ラーメンを食べたことがない人にはわかりづらいと思うので、別の話をしよう。
市原湖畔美術館から丸源ラーメンの次に連想したのが、武雄市図書館だ。
武雄市図書館に言及すると、佐賀県武雄市の問題について:takeoproblemでまとめられているような事柄を思い浮かべるかもしれない。だが、この美術館への指定管理者制度の導入には、武雄市図書館の場合のように一見して不透明なプロセスがあったわけではない。市原市/指定管理者の指定に係る選定経過と選考会議の評価点の公表を見ると、ちゃんと指定管理者を公募して複数の応募者のうちから株式会社アートフロントギャラリーを選定している。では、なぜ武雄市図書館を連想したかといえば、代官山蔦屋書店の場所アートフロントギャラリーの場所が極めて近接しているからだ。これはただの偶然だろうか?
うん、偶然だ。
でも、ただの偶然に過ぎないとしても、そのような偶然を成立しやすくするような背景構造があると想定することも可能だろう。ここに、地方の文化施設と大都市に集積した文化資本との微妙な関係を見てとるのは難しくはない。だが、あまり風呂敷を広げすぎると畳めなくなる。その前にまず足下を固めておこう。地固めで終わってしまう恐れもあるが、仕方がない。
まず、市原湖畔美術館とはどのような施設なのかということから確認しておく。

晴れたら市原、行こう」−−。そんなキャッチコピーで新たなアートの拠点を目指し、千葉県市原市が「市原湖畔美術館」を8月3日、オープンした。1997年に開館した市立美術館「市原市水と彫刻の丘」をリノベーションしたもので、2014年春に開催されるアートイベント「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」でも中心的な施設になる予定。今後は、改修前の2.5倍にあたる年間4万人の来館者数を目指す。地方の公立美術館は予算減や来館者数の伸び悩みから「冬の時代」と言われて久しいが、近年は新潟県や瀬戸内地方など地域の活性化にアートが力を発揮する事例もあり、今回のリニューアルに注目が集まる。

「リノベーション」の意味が詳らかではないが、この書き方だと「市原市水と彫刻の丘」が「市原湖畔美術館」に改称したかのようにも思われる。しかし、市原市水と彫刻の丘の設置及び管理に関する条例第2条では施設の名称は「市原市水と彫刻の丘」となっている。インターネット上で確認できた限りでは、この条例の最終改正は昨年3月で、その後、施設の名称が改正された形跡はない。

市原市水と彫刻の丘は、オープン当初に比べ、年々来館者数が減少してきたことから、魅力があり、発信性の高い美術館としての施設運営を行うため、「市原市水と彫刻の丘活性化計画」を策定し、平成23年度から改修工事を行なってまいりました。この改修工事では、美術館に要求される空調設備の機能強化及び企画展示室等の増築などを行なうことといたしました。このたび、改修工事が完了し、新たに「市原湖畔美術館」という愛称で、8月3日(土曜日)午前11時にリニューアルオープンいたします。「市原湖畔美術館」という愛称は、昨年一般公募し、応募のあった71作品の中から決定いたしました。本施設では、収蔵作品の常設展示や現代アートを中心とした魅力ある企画展、イベントなどが開催されます。さらに、アメリカ在住の作家「ヴィト・アコンチ」氏のアート作品の他、著名な作家による4作品を恒久展示いたします。また、敷地内には、千葉県の旬の食材を使い、本格石窯で焼き上げたピザなどを提供するイタリアンレストラン「Pizzeria BOSSO」(ピッツェリア ボッソ)もオープンいたします。なお、本施設は、平成26年3月21日から5月11日までの間に、市原市の南部地域を中心に開催される「中房総国際芸術祭いちはらアート×ミックス」の中核施設としても活用します。記者の皆様におかれましては、8月3日の9時30分より、グランドオープンに先立ち、プレス関係者の皆様を対象に内覧会を開催いたしましので、自然豊かな「市原湖畔美術館」に多くの方々がご来館いただけますよう、PR等よろしくお願いいたします。

平成23年度から、改修工事のため休館していました市原市水と彫刻の丘が、平成25年8月3日(土曜日)に「市原湖畔美術館」という愛称で、リニューアルオープンいたします。

この愛称は、昨年一般公募し、応募のあった71作品の中から、作品の一部を補作し決定いたしました。

これらの記事から施設の正式名称は今でも「市原市水と彫刻の丘」であり、「市原湖畔美術館」は愛称という位置づけであると考えられる。なお、市原市/市原市水と彫刻の丘「ミュージアム棟」の愛称を募集という記事も現存しているが、そこでは「市原市水と彫刻の丘」全体ではなく、ミュージアム棟に限っての愛称募集となっている。「市原市水と彫刻の丘」にはミュージアム棟のほかレストラン棟と芝生広場があるが、どのような経緯で「市原湖畔美術館」が「市原市水と彫刻の丘」全体の愛称となったのかはわからなかった。
ここでちょっと余談。
「愛称」というのは、親しみを込めて呼ぶための別称のことであり、本来は慣習的・非制度的なものだが、近年は「愛称募集」が平然と行われるようになった。応募に基づき審査を行い決定し命名するのなら、それはもう正式名称とほとんど同じだ。別にそれがいけないというわけではないが、親しみから生まれた本来の愛称とは異なり、そこから親しみが逆に生まれるとは限らない*2。「市原湖畔美術館」はどうだろうか? ぱっと見たら「市原湖」という湖があって、そのそばに美術館が建っているのだと誤解を受けそう*3な名前だが……。
閑話休題
水と彫刻の丘の改修前の姿をしのぶことができるページが遺されているが、いずれ削除されるか内容変更されるだろうと思われるので、魚拓をとっておいた。この施設の担当部署は市原市経済部観光振興課であり、市原市教育委員会ではない。従って、この施設は博物館法第2条の博物館*4ではない*5と考えられる*6。幸い、千葉県内の登録博物館/千葉県千葉県内の博物館相当施設/千葉県というリストが公開されている*7が、どちらにも掲載されていない。ただし、社会教育調査平成23年調査時のデータでは市原市には博物館類似施設が4館あるそうなので、水と彫刻の丘がそのうちの1つだった可能性はある。
この施設の性格については、市原市水と彫刻の丘の設置及び管理に関する条例第1条で、「本市の観光振興、芸術文化振興、地域振興等の場として」と書かれており、この施設はまず第一義的に観光施設だと位置づけられていることがわかる。これは、担当部署が観光振興課になっていることにも符合する。「美術館」と名乗ってはいても、社会教育施設としての博物館の性格は稀薄だ。
言うまでもないが、別にそれが悪いことであるわけではない。ただ、若干の違和感があるのも確かだ。
観光振興というのは一般に地域振興の大きな柱の1つだと考えられている。戦後、日本の基軸産業が第一次産業から第二次産業へ、さらに第三次産業へと変化していく中で、大都市への人口集中が起こり、それ以外の地方は取り残されて過疎化が進むこととなった。その中で、なんとかして地域を活性化しようと考える人々が頼りにしたのが、公共事業と工業誘致、そして観光振興だ。前二者は昭和の終わり頃からかげりが見えてきて、今では大々的に推進することは難しくなっているが、観光振興の勢いだけは衰えていない。いや、もがき苦しむ地方社会の最後の希望の光とばかりに、観光振興に寄せられる期待はますます大きくなっている感がある*8
「観光振興」とは読んで字のごとく「観光を振興する」ということだ。従って、たとえば自治体がその住民に働きかけて「もっと広く、あちこちの素晴らしい風景を見に行こう。あなたも旅人になろう」と促すのも観光振興に含まれるはずだが、実際にこの言葉をそのような用法で使った例を知らない。観光振興を推進するのが市町村であれば当該市町村の範囲に、都道府県であれば当該都道府県の範囲に「外から観光客を呼び込む」*9のが観光振興だとされている。つまり、観光振興とは地域振興の一種なのだ。
地域振興については、以前、「地域振興」という美名の下で - 一本足の蛸で、かなりネガティヴなことばかり書いた。ちょっと書きすぎたという感じがしなくもないが、嘘やごまかしがあるわけではない。今でも考えは変わっていない。先に書いた「若干の違和感」は、その考えに由来している。
市原市水と彫刻の丘の指定管理者の選定について、上では「一見して不透明なプロセスがあったわけではない」と書いた。しかし、新しい美術館は中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックスの中核施設として活用することとなっており、このイベントの総合ディレクターが代表を務める会社が指定管理者に選出されていることに注意が必要だ。とはいえ、何も陰謀論めいた邪推をするわけではない。選定結果・評価点【PDF】の中に「アートフェスティバル事業と連携した事業を行うことができるか。」という事項がちゃんと入っている。公明正大な手続きで指定管理者の公募・選定を行っても、株式会社アートフロントギャラリーが有利なのだ*10
特定業者にとって有利な公募というのはそれ自体が道義的な問題を孕んでいるが、今はそれを問わない。また、特定の個人*11に対する批判も行わない。むしろ問いたいのは、多額の資金を費やして施設整備を行いイベントを誘致して誘客を果たしても、観光客が地域に対して支払った金が地域内で循環するのではなく、東京に吸い取られてしまうという問題だ。これは地域振興全般に共通する問題でもある。公共事業で整備された道路や鉄道はストロー効果を起こし、誘致した工場に人件費の安い労働力を供給して利益を上げても本社に吸い取られてしまう。観光振興も、小規模に細々と地道にやっているうちはともかく、箱物の整備を伴う大規模な事業ともなると、ハードで金を吸われ、ハードに見合うソフトでまた金を吸われる。
「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」公式サイト内にこんな記事があった。

まず、このようなアートフェスティバルを開催することになったきっかけをご説明します。それは、来年に予定されている圏央道の供用開始です。  圏央道が開通すると、東京や横浜から訪れる観光客は、マイカーや高速バスを利用すると、約1時間で市原市の南部地域や中房総エリアに来ることができます。

【略】

『いちはらアート×ミックス』では、市民や市民団体の皆さん、企業、行政が一体となって、交流人口や定住人口の拡大、地域の活性化、賑わいの創出を図ることを目標に取り組んでまいりたいと思いますので、皆さんのご協力をお願いします。

いま引用した文章の前段は、交通網の整備による「逆ストロー現象*12を志向していると読み解くことができる。その上で後段を読むと、富山のかなしき「逆ストロー現象」 - 一本足の蛸で取り上げた高速交通網による逆ストロー現象を起こすために 〜 東海北陸道開通、北陸新幹線開業後の活力あふれる富山へ 〜【PDF】と極めて類似しているように思われる。目指すは交流人口の拡大、そして定住人口の増加!

追記

本文がだらだらと長くなってしまったので、当初、「これは書いておかなければ!」と思ったことのいくつかを忘れてアップしてしまった。そのほとんどは後から振り返ってみると別に書かなくてもいいことだったのだが、ひとつだけやはり書いておきたいことがある。
それは、市原湖畔美術館へのアクセスがわかりにくいということだ。特に公共交通機関でのアクセスが。
自家用車による圏央道などからのアクセス客をメインだと考えているのだろうが、地元への経済効果を考えれば、数は少なくとも公共交通機関利用客のことは無視できないはず。東京から日帰り圏内なのだから、自家用車で来る客は予めガソリンを出発地点で入れておけば、極端なことをいえば入館料以外まったく市原市内で消費することなく帰って行くことも考えられるのに対し、鉄道やバスを利用して美術館に来る客は市原市に本社がある小湊鐵道に運賃を支払う*13。また、自動車免許を持っていない人や自家用車を所有していない人、あるいは両方の条件を満たす人も都市部には多いのだから、そのような人の公共交通機関へのニーズにも配慮が必要ではないか。
であるにもかかわらず、これ*14は何なのか。

電車で

JR内房線五井駅小湊鉄道乗り換え「高滝駅」下車 (東京駅から約2時間)
小湊鉄道は本数が少ないため、事前に時刻表を確認することをおすすめいたします。
小湊鉄道時刻表

高滝駅から美術館まで 徒歩20分
路線バス「市原鶴舞バスターミナル」行き、「水と彫刻の丘入り口」下車

小湊鐵道は全線非電化なので電車は走っていないが、内房線は電化しているから「電車で」という見出しにはケチをつけないことにしよう。欲をいえば、五位駅での乗り換え案内もほしいところだが、ダイヤ改正のたびに手入れをするのは面倒だから、この程度の説明でもいいとする。問題はその後だ。
高滝駅から美術館まで徒歩で20分というのは結構な距離だ。初めての人なら道に迷う心配もある。駅からどういうルートで歩けば美術館へ迷わずに到着できるのか、何らかの案内が必要ではないか。地図で確認したところでは高滝駅を出て線路を越えて東へまっすぐ歩いて高滝ダムを渡りきり、最初の交差点を右折すれば到着できるようなので、さほどややこしくはないようだが、それは調べて初めてわかることだ。公式サイトで、たとえば「高滝駅前に美術館へのルートを示した地図があります」とでも書いておけば*15、かなり便利だろう。
次に路線バスだが、時刻表も時刻表へのリンクもないばかりか、バス停の名前が間違っているというお寒い状況。

(2)停留所名変更

市原市水と彫刻の丘入口」 → 「市原湖畔美術館入口」に名称変更いたします。

(3)停留所増設

市原湖畔美術館」増設

(「市原湖畔美術館入口」⇔「市原湖畔美術館」⇔「高瀧神社」)

※ただし、市原湖畔美術館を経由しない路線もございますのでご注意ください。

これ*16は、市原湖畔美術館の開業と同じ今年8月3日からの変更事項だ。わざわざバス停の名前を美術館の愛称にあわせたうえ、一部の便では本来のルートを外れて美術館の近くまで乗り入れるという改正を行っているのに、美術館側の冷淡さはいったい何なのだろうか?
まあ、特別な意図があるわけでなく、単に「何も考えていない」だけなんでしょうな。美術館ウェブサイトの作成者が市原市観光振興ビジョン【PDF】を読んでいるかどうかも疑わしいものです。

*1:今なら「丸源ラーメン」「Twitter」「炎上」で検索すれば、関連情報を多数入手することができる。とりあえば、ぱっと目についた【バカ発見器】【バカッター】【迷惑自慢】ツイッターの暴露・炎上騒動のまとめにリンクしておく。

*2:愛のない愛称もあれば通じない通称もある - 一本足の蛸ほか関連記事も参照されたい。

*3:市原湖畔美術館の隣にあるのは高滝ダム

*4:いわゆる「登録博物館」。

*5:同法第19条により、公立博物館の所管は教育委員会に属することとされているので、教育委員会に属さない施設は「博物館」にはあたらないこととなる。

*6:もっとも、教育委員会所管の施設であっても首長部局の職員が補助執行することはあり得るので、単純に担当部署だけで登録博物館かどうかを判断することはできない。

*7:県によっては公開していないところもあり、調べ物をするときに苦労することがある。

*8:先ほど少し触れた武雄市図書館問題も、このような地方社会の焦燥感が背景にあるものと思われる。ネット上でこの問題について論じている人の多くは、樋渡啓祐市長の独特なキャラクターを中心に見ているようだが、それだけでは問題の構造を解明しきれないという思いがある。この点についてはまた機会を改めて、もう少し考えてみたい。

*9:その結果、日本で最も過酷な県境などという下らない現象が発生する。なお、このフレーズを生み出した椎川忍氏のサイトには驚かされる。びっくりした!

*10:何度も引き合いに出して恐縮だが、武雄市図書館の指定管理者選定において、市長の理想とする図書館が代官山蔦屋書店だったのなら、それを評価事項に入れておけば、原則どおり公募を行ったうえでカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社を選定することができたのではないかと思われる。なぜ、一本釣りによる随意契約という脇の甘い手法をとったのか理解に苦しむ。

*11:はてなブックマーク - 千葉県市原市に「市原湖畔美術館」オープン 地方の公立美術館再生の光になるか?参照。

*12:この用語については、本文でもリンクした富山のかなしき「逆ストロー現象」 - 一本足の蛸の最後の段落を参照してください。

*13:このほか、自家用車利用客のトリップは制御しにくいが、公共交通機関利用客のルートは限られるので制御しやすいという利点もある。鉄道利用なら必ず五位駅で乗り換えて高滝駅で降りるし、高速バス利用なら市原鶴舞バスターミナルで降りる。これらの駅やバスターミナルはすべて市原市内にあるので、市にとってはますます好都合だ。もっとも、この利点は生かす気がなければ何の意味もないことではある。

*14:いちおう魚拓をとっておいた。あまり日を置かずに適正な記述に差し替えられることを切に希望する。

*15:もちろん実際に案内地図があることが前提となる。

*16:タグは一部改変したほか、丸つき数字は文字化けするので括弧つき数字に変更した。