穴のあいた記憶

黄金の13/現代篇 (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-29)

黄金の13/現代篇 (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-29)

先日、倉庫の中の本の山から発掘した1冊。昔の文庫本は文字が細かいので、今となっては読むのが辛いのだが、トマス・フラナガンの「アデスタを吹く冷たい風」だけは読んでおこうと思い、ほこりを払って手に取った。
「アデスタを吹く冷たい風」は同題の短篇集にも収録されている。ポケミスだ。
アデスタを吹く冷たい風 (ハヤカワ・ミステリ 646)

アデスタを吹く冷たい風 (ハヤカワ・ミステリ 646)

この短篇集は長らく入手困難の「幻の本」として知られていた。前世紀の終わりと今世紀の初めに復刊されたが、すぐに売り切れて「幻の本」に戻った。2回の復刊のどちらの機会だったかは覚えていないが、一瞬書店に現れたときに買い求めた。しかし、完読する前に本の山に埋もれてしまった。でも、確か表題作は読んであったはずだ。不可能密輸もの*1のトリッキーな小説で、昔、藤原宰太郎のネタばらし本でトリックだけ知っていた……と思ったが、密輸人が自転車に乗っていないので別の小説*2だったんだなぁと思った記憶がある。ともあれ、「アデスタを吹く冷たい風」は読み始める前に想像していたようなコミカルな小説では全然なくて、重くシリアスな雰囲気だったということは覚えているのだから、読んでいないはずはない……と思っていた。
ところが「どうやって密輸したのかがわからない話」ということ以外、いったいどんなストーリーだったのか全く覚えていない。そこで、『黄金の13/現代編』を発掘したのを機に再読してみようと思ったのだが、いざページを開いてみると全く未知の世界としか思えない風景が広がっていた。あ、あれ?
最近、記憶力がどんどん衰えているのは自覚しているのだが、それにしてもこれほど記憶にない展開になるとは。読んでも読んでも全く思い出せない。これはもしかしたら「アデスタを吹く冷たい風」は未読だったのでは……。
もしかすると、ポケミスの『アデスタを吹く冷たい風』を買ったとき、冒頭部分の1ページが2ページを読んで、重苦しそうだった*3のでいったん読むのを中断してそれっきりになっていたのかもしれない。読めば絶対に面白いに決まっている、と確信していても読書意欲が低下しているときに読めないこともある。
今回は幸い読書意欲が高まっているときだった*4ので、簡単にすらすらと読めた。トリックの核となるアイディアは、よく似た事例*5を知っていたのですぐに気づいたが、これは単純なトリック小説ではない。最後まで興ざめすることなく楽しめた。
「アデスタを吹く冷たい風」に関して、もう一つ思い違いがあった。それは、この小説の舞台がイタリアだというものだ。なぜ、そんな思い違いをしたのかといえば、この小説の別題が「北イタリア物語」だと思い込んでいたからだ。「アデスタを吹く冷たい風」は架空の国が舞台となっており、イタリアとは関係がないし、もちろん「北イタリア物語」というタイトルがつけられることもない。「北イタリア物語」は『アデスタを吹く冷たい風』に収録されている「玉を懐いて罪あり」の別題で、『密室殺人傑作選』に収録されている。
密室殺人傑作選 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ (1161))

密室殺人傑作選 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ (1161))

密室殺人傑作選 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

密室殺人傑作選 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

『密室殺人傑作選』も確かポケミスで持っていたはず*6だが、本の山に埋もれて安否不明となっている。
読んだ本と読んでいない本の記憶がごちゃまぜになってどんどん混乱しあげくに、どんどん記憶に穴があいて、最後は死んでしまうのだなぁ、と思うと背筋が寒くなる……ということもなく、漫然と読書を続けているのだが、これも老いた証拠かもしれない。

*1:という言葉は今思いついたので、もっと適切な言葉があるに違いない。

*2:たぶん『密輸人ケックの華麗な手口』だったのだろう。

*3:と書いたが、読むのが辛くなるほどしんどい小説ではない。

*4:でなければわざわざ積ん読本を発掘しようとは思わない。

*5:その事例をここに記すことはできない。どうしても知りたい方はここを参照。

*6:文庫版は見た覚えがない。