「印象」

「印象」という言葉は一説では「impression」の音に漢字をあてたものだそうで、もしそれが本当だとすれば「倶楽部」とか「珈琲」などと同類だということになるのだが、この説がどうにも眉唾くさく思えるのは、漢字の意味と熟語の意味とがぴったりと当てはまっているからだろう。「象」はもちろん鼻の長い動物のことではなくて、「形象」すなわち、「かたち」のことなので、「印象」は「かたちをしるす」と読める。心の中から何となくわき上がってくるのではなくて、外の世界の事物が感覚器官にその姿形を刻印していく、それが印象なのだ。
ところで、全然話は変わるが、印象派の三大巨匠というのは誰と誰と誰のことだったろう? ラヴェルドビュッシーが含まれるのは間違いないが、あとのひとりがどうしても思いつかない。