幻想的なファンタジー

夢織り女 (ハヤカワ文庫 FT (73))

夢織り女 (ハヤカワ文庫 FT (73))

今年3月に「青春18きっぷ」のあまりを消化するために小旅行に出たときに、特に用もないのに降り立った某地方都市の、真っ昼間なのにたそがれ時の雰囲気が漂う寂れ切った駅前商店街を徘徊しているときに立ち寄った、やはりたそがれに包まれた小さな書店になぜかひっそりと置いてあった本。ハヤカワ文庫はほかに一冊もなく、それどころか文庫の棚全部でも百冊かそこらしかなくて、書店の大部分はマンガと雑誌と受験参考書とエロ本で埋め尽くされていた。
おそらく、もっと大きな書店でこの本のすぐそばを通りかかったことは何度もあるだろうし、本棚に視線を走らせたときにこの本の背表紙を通過したこともあるかもしれない。しかし、作者名にもタイトルにも全く記憶がない。たぶん、書店にたった一冊のハヤカワ文庫、という特異な状況でなければ、一生関心をもつこともなかっただろう。
これも何かの縁だ。ファンタジーは正直いって苦手だが、薄い本だし中身は短篇集だし、読んで読めないことはないだろう。中にひとつかふたつでも拾い物があればしめたものだ。そう思って、半ばもののはずみで買ったのはいつの日のことだったか……ああ、今年3月だったな。いちばん最初に書いたのを忘れていた。
で、『夢織り女』を読み終えたのは一昨日のこと。この本を買った直後に表題作を一気に読んで、このまま全部読んでしまうのはもったいないと思い、その後ちびちびと読み進めていたのだが、とうとう全部読んでしまった。ああ、もうおしまいだ。
「ファンタジー」ときけば剣と魔法の物語を真っ先に連想するような人にとっては、このような軽量級の作品はちょっと物足りないかもしれない。でも、「異世界ファンタジーとか長大なサーガとか、あんなのファンタジーじゃないよなぁ」と思う人には大いにお薦めしたい。作風は全然違うのだが、子供の頃に読んだ『10月はたそがれの国 (創元SF文庫)』を思い出した。幻想に満ち溢れたほんもののファンタジーだ。