今年読んだ5冊めの海外ミステリ

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

小説は冒頭の一文が何より肝心だ。
この『二流小説家』の場合はどうか? この小説は次の一文から始まる。

小説は冒頭の一文が何より肝心だ。

どうもぱっとしない。むしろ、冒頭の一文としては、次の文のほうがよかったのではないか。

それはある朝、ビジネスパートナーでもある十五歳の女子高生の手を借りて亡き母の扮装をしていたとき、死刑囚監房から送られてきた手紙を開封し、ある連続殺人鬼がぼくの大ファンであることを知ったときに始まった。

残念ながら、この文は最初から46番めの文だ。いや、もしかしたら47番めの文かもしれない。ともあれ、この一文の前には前口上とも語り手の言い訳ともつかない文がいくつも並んでいる。このような語り口はその後も繰り返し現れ、作中に挿入される二流小説の断章の数々とあいまって、この本の厚みを増すのに寄与している。
正直にいえば、このような書き方はあまり好きではない。他のジャンルの小説はともかく、ミステリには適正な長さというものがある。その作品の中核的なアイディアが自ずと作品全体の長さを決めるのだ。その観点からみれば、この小説はちと長すぎるように思う。もっとも、長いわりには飽きずに読める。それが救いといえば救いだが。
今年は海外ミステリを5冊以上読むという目標を立てていたのだが、『二流小説家』はちょうど5冊めにあたる。確か、この日記では今年読んだミステリの感想を書いていなかったはずなので、ついでだから残り4冊のタイトルだけでも掲げておこう。全部、図書館で借りて読んだ本で、少し、またはかなり古い作品ばかりだ。

絞首人の手伝い (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

絞首人の手伝い (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

クリスマスのフロスト (創元推理文庫)

クリスマスのフロスト (創元推理文庫)

堕ちた天使―アザゼル

堕ちた天使―アザゼル

『二流小説家』の原書が出たのは2010年なので、ここに掲げた4冊よりずっと新しい。久しぶりに最近の作品を読んだのでまごつくことも多かったが、やはり同時代の作品のほうが読みやすいことがわかった。しばらくは21世紀の小説を中心に読むこととしたい。