特別料理という名の特別料理

まえがき

先日、ここにも書いたとおり、やる夫が小説家になるようです:ハムスター速報 2ろぐを読んで小説が書きたくなった。でも、何も考えずに書いてみると、こんなのしか書けなかった。そこで、もうちょっとまともにプロットを立てて書こうと思い、お話カードジェネレーター - anatoo勉強記にあったスクリプトを使ってみると、こんなのが出た。

治癒 :主人公の過去
誓約 :主人公の現在
信頼(逆) :主人公の近い未来
庇護(逆) :援助者
節度(逆) :敵対者
秩序(逆) :結末(目的)

これをもとにして、ない知恵を絞って書いたのが以下の小説だ。

「特別料理という名の特別料理」本文

人身事故で列車ダイヤが大幅に乱れてしまい、俺は可能美術館へ行くことを諦めざるを得なくなった。
可能美術館はありとあらゆる可能世界から「現実には描かれなかったが描かれることがあり得た名画」ばかりを集めた美術館だ。現実世界に住む人間が、他の可能世界にアクセスすることは論理的に不可能なはずだが、それが可能となっているのは、可能美術館自体が現実世界とは別の可能世界にあるからだ。つまり、「現実には存在しないが、存在し得た美術館」というわけだ。だから、架空の名画を蒐集展示することも可能だったのだ。
可能美術館自体が架空の存在なので、現実にそこを訪れることは論理的に不可能だ。そう考えれば多少は気休めになる。だが、それは誤魔化しに過ぎない。俺が可能美術館に行けなくなってしまったのは、そんな形而上学的な理由のせいではなくて、単に乗るつもりだった列車がいつまで経ってもやってこないからだ。
もうこれ以上待っていても仕方がない。俺は足止めを食らった駅で降りることにした。ちょうど昼時で腹が減ったという事情もある。何でもいいから腹に物を詰め込めば気が紛れるかもしれない。
その駅は何度か通りかかったことがあるが、外に出たのは初めてだ。駅前にはバス停とタクシー乗り場があり、その向こうにはシャッター街が見える。ごくふつうの地方都市の駅だ。シャッター街の中に入ると食いっぱぐれそうな気がしたので、駅ビルの中で食事のできる店を探した。「2階 味の散歩道」という表示を頼りに階段を上ると、いくつかの店は営業しているようだった。その中で、いちばん照明が明るい店に入ることにした。丼物を出す店のようだ。入口の前に黒板が出してあり、こう書かれていた。

本日の特別料理 トロを使ったネギトロ丼 380円

380円という値段がちょっと気になる。トロを使っていないネギトロ丼でももうちょっと値が張るのではないだろうか。でも試しに食べてみよう。あまり深く考えずにのれんをくぐった。
「らっしゃい」
意外と威勢のいい声がした。これは期待できるかも。
「あ、表の黒板に書いてあったネギトロ丼を……」
「トロを使ったネギトロ丼っすね。特別料理一丁!」
「あいよー、特別料理一丁!」
厨房のほうから同じく威勢のいい声が聞こえた。
それにしても可能美術館に行けなかったことは残念だ。俺は可能美術館に行くためにわざわざ現実世界の住人であることをやめたというのに。今の俺は「現実には存在しないが、存在し得た人物」、つまり架空の人物だ。このまま架空の人物として生き続けるべきか、それとも可能美術館を完全に諦めて実在人物に復帰するか。ここが思案のしどころだ。
そんなことを考えているうちに、「特別料理っす」という声とともに、目の前にネギトロ丼が差し出された。見た目も鮮やかでうまそうだ。さっそく箸をつける。
もぐもぐ。
ん? これ、マグロっぽくない。ケモノの脂身じゃないのか?
「ちょっと、これまさか豚トロとか牛トロじゃないだろうね?」
「違うっす。正真正銘、本物のマグロのトロ100パーセントっす」
「本物のマグロ? 本マグロなのか!」
「いや、本マグロじゃないっす。さすがに本マグロのネギトロ丼はこの値段じゃ……。でもマグロっす」
「じゃあ、ミナミマグロか?」
ミナミマグロでもないっす。最近はミナミも高くなったっす」
メバチマグロ?」
「それも違うっす」
「えーっとキハダマグロ
「うーん、惜しいっす」
「ビンチョウマグロ?」
「ウチではそれビンナガって言うっす。でも、それも違うっす。ちなみに、このネギトロ丼を作るのに備長炭を使ってるっす」
具が生なのに、備長炭を何に使っているのだろうか。飯炊き? まあ、深くは考えないことにしよう。それよりマグロの正体のほうが気になる。
「それじゃあ、カジキマグロか……」
「ぶぶーっす。カジキはメカジキ科またはマカジキ科の魚で、サバ科のマグロとは全然別の種類っす」
「えーと、クロマグロとか」
「それはホンマグロと同じっす」
「うーん。もう思いつかない。降参っす」
「おれっちの口癖が移ったっすね。では種明かしっす。じゃじゃーん」
と、そこに厨房から板前が両腕に食材を抱えて登場した。
なるほど、このマグロだったのか。だから、特別料理だったんだ!
「がってんっすか?」
「おうよ、がってんがってんがってんだい。おやぢ、おあいそ」
「あいよー」
動揺を隠して380円をカウンターに叩き付け、さっと席を立った。まだ半分も食べていないがやむを得ない。店を出るまでは落ち着いているかのように装ったが、一歩外に出ると後は猛ダッシュ。走った、走った、走った。一生分の力を振り絞って、闇雲に逃げた。
気がつくと目の前に踏切があった。さっきは止まっていた列車が動いているらしく、警報機が鳴り出したが構わずに走った。
そして俺はネギトロ丼の具となった。

あとがき

変な小説でごめんなさい。