一迅社文庫2009年4月刊行全4冊の感想

はじめに

今月は一迅社文庫史上初の4冊同時発売*1ということで、読み切れるかどうか不安だったが、驚くべきことに昨日までに全部読んでしまった。2月上旬くらいから続いていた「小説読めない病」が治ったという要因もあるが、今月はどれもさくさく読めて、ページを繰る手が重くなる作品がなかったということのほうが大きいのではないかと思う。
それでは、いつものように読んだ順に感想を書きます。
今月は特に『星図詠のリーナ』が面白かったので、ややバランスを欠く感想文になっていますが、ご容赦ください。

星図詠のリーナ

星図詠のリーナ (一迅社文庫)

星図詠のリーナ (一迅社文庫)

今月一押し、というか今年上半期のラノサイ杯新規部門の上位に食い込むこと間違いなしの傑作。ほら、まいじゃー赤枠だし。
ついさっきサイン会に行ってきたばかりだ*2が、予想以上に人がいっぱいいた。さすがに東京方面のラ管連の面々の姿はなかったが、この人も参加していたようだ。面識がないのでどの人かわからなかったけれど。
ついでに立ち寄ったわんだ〜らんど なんば店では川口士の特設コーナーが出来ていてびっくりした。川口士ってそんなに人気のある作家だったっけ(失礼!)。
この機会に川口士の過去の作品を買い集めて一気読みしようと一瞬思ったのだが、よく考えれば、以前伏見つかさで同じことを考えて*3十三番目のアリス』既刊4冊を買ったのはいいが、「小説読めない病」が発病したせいで積んであるのを思い出したので、とりあえず今は控えておくことにした。
で、『星図詠のリーナ』に話を戻すと、この小説、何がいいと言って、ヒロインである王女がただひたすら測量するという斬新な設定が素晴らしい。ファンタジーではお馴染みのダンジョンのマッピングシーンもあるが、メインは地上、しかも街中だ。ふつうなら地図は「あって当たり前」または「あってもなくても誰も気にしない」というところだが、『星図詠のリーナ』はあえてそこに焦点を当てた。3年前、支倉凍砂が『狼と香辛料』をひっさげて登場したとき、ラノベ読みたちは「異世界ファンタジーで経済ネタか!」と驚いたものだが、今まさにその驚きが再現されたのだ!
……と、『狼と香辛料』を引き合いに出して『星図詠のリーナ』の新鮮さを語ってみたわけだが、たぶん『星図詠のリーナ』は『狼と香辛料』ほどの人気シリーズにはならないのではないかと思う。『狼と香辛料』には過剰なほどの萌えがあったが、『星図詠のリーナ』にはそれが決定的に欠落しているからだ。もっとも、萌えがないのが『星図詠のリーナ』の欠点だというわけではない。
ほら、見なさい。萌えのせいで人気が出てしまって、物語の寿命は尽きているのに終わるに終われなくなってしまった『狼と香辛料』の姿を。
星図詠のリーナ』はほどよく売れて、終わるべきときにきっちりと終わり、末永く名作と讃えられることになるだろう。そんな予感がする今日この頃なのです。
最後に一言。2巻ではぜひリーナの世界地図を挿絵で入れて貰いたい。できれば前巻の粗筋紹介と次巻の予告を兼ねて冒頭と巻末の2箇所に。

放課後トゥーランドット

放課後トゥーランドット (一迅社文庫)

放課後トゥーランドット (一迅社文庫)

一迅社文庫での前作『ぶよぶよカルテット』に引き続き、みかづき紅月は再び音楽ネタに挑んだ。ただし、登場人物も設定も全然別だし、タッグを組んだ絵師も別人なので、シリーズものというわけではない。
『ぶよぶよカルテット』はサティへの愛に満ちた作品で、作者の思い入れがひしひしと伝わってくる傑作だったが、今回はプッチーニ白鳥の歌トゥーランドット」をあくまでもお話づくりのための題材として用いており、愛情が伝わってこない。その点、杉井光の『さよならピアノソナタ』におけるバッハの扱いに似ている。個人的な趣味でいえば、バッハやサティに比べるとプッチーニには関心がない*4のでどうでもいいといえばどうでもいいのだが、でも作者の熱意が感じられないのは減点ポイントか。あと、前作のヒロイン像が非常に独特でありながら説得力があったのに対し、今作のヒロインがベタなツンデレキャラで、しかもところどころで不自然な言動をとっていることも気になった。
もっとも、これらの不満は『ぶよぶよカルテット』と比較した場合のものであり、単体でみればさほど出来が悪い作品ではない。主人公を取り巻くキャラクターの四角関係の構図も面白いし、なぞなぞに込められた意味も興味深い。また、本筋にはあまり寄与していないが、寮の冷蔵庫から肉を盗むエピソードは素直に楽しめた。どうも続篇がありそうな雰囲気だが、期待して待つことにしよう。
あと、どうでもいいことだけど、般若心経は念仏ではありません。

ペンギン・サマー

ペンギン・サマー (一迅社文庫)

ペンギン・サマー (一迅社文庫)

オビに記された大森望の推薦文に曰く、

「バカだけど、意外とロジカル。
こんな××SFが読みたかった。
いやマジで。」

さて、「××」に入る言葉は何でしょう?
いくつかの感想サイトでは、「××」をストレートに書いてしまっているが、これはやっぱりよくないと思う。別に××SFであることをばらされてしまうと読む価値がなくなるわけではないのだが、未読の人が読む可能性のある場ではぼかして紹介するのがマナーでしょう。
それはともかく。
六塚光の小説を読むのはこれが初めてなので、『ペンギン・サマー』をこれまでの作品と比べて語ることはできないが、一迅社文庫の既刊と比較すると、『銀世界と風の少女』や『タイム・スコップ!』と雰囲気がよく似ている。設定やキャラクターは全然違っているが、どれも昔懐かしいジュブナイルSFといった趣があるので。この2作のどちらか、または両方が好きな人は『ペンギン・サマー』を読んでみて損はないだろう。
ちなみに、こんなことを言うと「何をバカなことを……」と呆れかえられてしまいそうだが、『ペンギン・サマー』を読んでいる最中にこれを連想した。いや、さまざまな種類のテキストを並べて物語を構成するという手法が似ていた*5もので……。

ゴースト・ライト

ゴースト・ライト (一迅社文庫)

ゴースト・ライト (一迅社文庫)

森野一角の小説は過去2作読んだことがある。ひとつは別名義の『帰宅部!GO HOME―決戦は日曜日』だが、これはもう5年以上前に読んだきりなので、今となってはほとんど覚えていない。もうひとつは『妹は絶対君主なお嬢様』で、これはなかなか面白かった。
そこで今作もやや期待していたのだが、今月は『星図詠のリーナ』という傑作、『ペンギン・サマー』という佳作、『放課後トゥーランドット』という良作が並んでいたため、相対的にやや霞んでしまったような印象がある。
お話そのものは読ませるツボがいくつもあって飽きることはないし、キャラも十分立っている*6のだが、タイトルがややピンぼけ気味なのと、イラストが肌に合わなかった。
主人公の過去のいきさつが綺麗に解き明かされて、わだかまりがほぐれたところで話がきれいに完結しているので、たぶん続篇はないだろうと思うが、もし続きを出すなら、相当大仕掛けが必要なのではないだろうか。

おわりに

一迅社文庫が創刊したのは昨年5月のことだったので、今月で創刊1年目が終了したことになる。その間の刊行点数は41冊。新規レーベルの1年の成果としてはまずまずではないかと思う。
ただ、レーベル全体を引っ張っていくキラーコンテンツがまだないというのは大きな弱点だろう。巻数だけなら『ANGEL+DIVE』が正篇3冊、続篇1冊で看板のようだが、正直あまり人気があるようには見受けられない。3巻の中盤以降は非常に面白い*7のだが、3巻を楽しむために2冊我慢するほどの価値があるかどうかは疑問だし、続篇の『ANGEL+DIVE CODEX』は仕切り直しのせいかテンションが下がってしまい、再び盛り上がるまであと何巻を要するのか見当もつかない。
宗教ネタという地雷に果敢に(?)踏み込んだ『さくらファミリア!』はおそらく3巻で完結だから、今後しばらくの間は『女帝・龍凰院麟音の初恋』と『死神のキョウ』の2本柱でやっていくということになるのだろうが、創刊1周年にこの2大看板作品の3巻を発売するはずが、『死神のキョウ(3)』はあえなく延期となってしまった。
この先大丈夫かなぁ、と他人事ながら不安になるのだが、『星図詠のリーナ』が第3の柱に成長すれば何とかなるのではないかとも思う。
最後の最後にこの1年間の一迅社文庫の中からベスト5とワースト5をそれぞれ掲げることにする。全く個人的なランキングなので、権威も客観性もないことを予め断っておく。

ベスト5 順位 ワースト5
星図詠のリーナ (一迅社文庫) 1位 ドラマチック・ドラマー遊月 (一迅社文庫)
ぶよぶよカルテット (一迅社文庫 み 1-1) 2位 零と羊飼い (一迅社文庫)
タイム・スコップ! (一迅社文庫 す 2-1) 3位 エクスチェンジ! (一迅社文庫 (く-02-01))
ある夏のお見合いと、あるいは空を泳ぐアネモイと。 (一迅社文庫) 4位 ようこそ青春世界へ! (一迅社文庫 あ 1-1)
月明のクロースター―虚飾の福音 (一迅社文庫 は 1-1) 5位 羽矢美さんの縁結び (一迅社文庫 ふ 1-1)

*1:創刊時には7冊出ているが、その後はずっと月3冊ペースだった。

*2:と書いたあと、他の作品の感想を書いている間に時間が経ってしまい、「ついさっき」のことではなくなってしまった。

*3:もちろん俺の妹がこんなに可愛いわけがない』ではなく『名探偵失格な彼女』がきっかけだ。いや、『俺妹』がつまらないというわけじゃないんだけど……。

*4:というか、プッチーニの作品を聴いたことすらほとんどない。

*5:じゃあ、「セキストラ」を連想してもよかったんじゃないか、と後から思ったが、読んでいるときは全く思い浮かばなかった。

*6:ただ「拙者」女はどうも……。どうしても『俺妹』の沙織がちらついてしまうので。

*7:これもまいじゃー赤枠だ。