今さらながら『狼と香辛料X』の感想文
- 作者: 支倉凍砂,文倉十
- 出版社/メーカー: アスキーメディアワークス
- 発売日: 2009/02/01
- メディア: ペーパーバック
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相も変わらず前半はテンポが遅く、ストーリーが動き始めるのは半分を過ぎてからで、それまでは読むのが疲れる。あと100ページくらい削れたのではないかと思ってしまう。しかし、一旦お話が佳境に入ってからは、何が何だかわからない*1もののやたらと緊張感が高まっていき、最後まで楽しく読むことができた。この辺りの畳みかけ方は支倉凍砂独特のもので、余人の追随を許さない。
凡庸な作家なら雪原を舞台とした闘い(?)のシーンを描写するところだが、支倉凍砂はこの「絵になる」光景をあえて直接描写せず、伝聞の形で完結に述べるに留める。その場に視点人物であるロレンスがいないので書きようがない、という構成上の制約もあったのだろうが、どうしても書きたいのなら無理矢理にでもロレンスをその場に立たせるなり、一視点の原則を崩して別人の視点で語ることもできたはずだ。そうしなかったのは、派手な動きで読者の興味を惹きつけるのではなく、あくまでも登場人物の細やかな心理の動きに焦点を当てようとする一貫した方針に基づくものだろう。
そういえば、『狼と香辛料』には擬音語がほとんど用いられていない。数えたわけではないが、作中の擬音語と擬態語の使用頻度を比べれば、きっと後者のほうが遙かに多いことだろう。主立ったライトノベル作品と比較してみれば、『狼と香辛料』の文体上の特徴が明らかになるかもしれないので、興味と根気のある人は調べてみてください。
正直にいえば『狼と香辛料』はもはや上り調子のシリーズではない。核となるロレンスとホロの関係が膠着状態に陥り、「終末の遅延」を絵に描いたような延命策により辛うじてお話が続いているという有様だ。そだが、やや逆説的な言い方になるが、先に期待が持てない閉塞感の漂う作品だからこそ、いったい次はどんな手で話を続けるのかという興味が湧いてくるものだ。
5月の新刊は短篇集だから10巻の直接の続篇ではないが、その次の巻ではどのような展開が待ちかまえているのか、今から期待しているところだ。
ところで、ちょっと困ったのがこれ。
- 作者: 支倉凍砂,文倉十
- 出版社/メーカー: アスキーメディアワークス
- 発売日: 2009/04/30
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*1:ロジカルなようでいて、どこかに割り切れない要素が残っていて、うまく図式化して説明することができない。心理戦の材料が具体的な情報や事物だけでなく、その場の勢いや暗黙の了解、目に見えない信用などといった抽象的なものも含まれているせいだろうと思う。