勾留分限

見出しは「コールューブンゲン」の捩り。子供の頃、「ルュ」という表記が非常に不思議だった。なぜ「リュ」ではないのか、と。今、検索してみると、コールユーブンゲン - Wikipediaのように、最近は「ユ」を大きく書くことが多いようだ。
さて、今日の話題は声楽とは関係ない。勾留とも関係がない。ついでに言えば拘留とも関係がない。関係があるのは分限だけ。
分限とは何か? ウィキペディアによれば次のとおり。

分限処分(ぶんげんしょぶん)とは、一般職の公務員で勤務実績が良くない場合や、心身の故障のためにその職務の遂行に支障があり又はこれに堪えない場合などその職に必要な適格性を欠く場合、職の廃止などにより公務の効率性を保つことを目的としてその職員の意に反して行われる処分のこと。

【略】

分限とは「身保障の界」という意味であり、処分は公務の効率性を保つために行なわれる。そのため、職場内の綱紀粛正を目的とした懲戒処分とは異なり懲罰的な意味合いは含まれておらず、免職となった場合でも退職手当(退職金)が支給される。

とりあえず、おおざっぱに言葉の意味を確認したところで、本題。

女子学生へのセクハラ行為で、宮崎公立大から停職の懲戒処分と教授から准教授への降任処分を受けたのは不当だとして、この准教授が、処分の無効と損害賠償約996万円などを求めた訴訟の判決が28日、宮崎地裁であった。内藤裕之裁判長はセクハラを認定したうえで、降任処分は無効とし、大学に減給分の給与など約236万円を支払うよう命じた。

判決は、准教授が研究室で2人きりになった学生の両手を握ったり、太ももを触ったりしたなど複数の事実を認定。懲戒処分も相当性があるとしたが、降任については「就業規則上の懲戒として降任の処分はない」と指摘。「(セクハラ)行為と結果との均衡を欠いており、人事権を乱用したと認めるのが相当」と述べた

「人事権を乱用」という表記には違和感がある。判決文を読んでいないので推測に過ぎないのだが、「人事権を濫用」と書いているのでは? 「乱れて用いる」と「濫りに用いる」とでは相当意味が違っているように思う。「濫」は常用漢字表に含まれているが、新聞常用漢字表 - Wikipediaによれば朝日新聞社漢字表では表外字扱いだとか。うーん。
閑話休題
上の記事のはてなブックマークコメントに次のようなものがあった。

一つの非違行為で懲戒処分(停職)と分限処分(降格)を二重に科した大学の違法性は明白で当然の判決なんだが。(事実認定が不十分なままの処分だったとすれば、停職が取り消されてない点で原告にとって不当判決かも)

他のコメントと全く異なる視点だったので感心した。「ああ、なるほど。二重処分はいかんよなぁ」と。
だが、すぐに疑問が湧いてきた。宮崎公立大学教授は公務員なのだろうか?
そもそも宮崎公立大学の経営母体は宮崎県なのか、宮崎市なのか、それとも別の団体なのかすら知らない。そこで困ったときのウィキペディア頼み、宮崎公立大学 - Wikipediaをみると、過去の経緯で「宮崎市立大学」にはなっていないが、宮崎市が単独で母体となっている公立大学法人が運営していることがわかった。また、同じページには「教授によるセクハラ問題」という項もある。
公立大学法人という制度のこともよく知らないので、地方独立行政法人法を参照してみた。地方独立行政法人には特定地方独立行政法人一般地方独立行政法人があり、公立大学法人一般地方独立行政法人に属する。特定地方独立行政法人の役員や職員は地方公務員だが、一般地方独立行政法人の役員や職員は地方公務員ではない。いや、そう明記されているわけではないのだが、第58条で「刑法 (明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす」と書いてある。わざわざ刑法等の適用について規定を置いているということは、労働法上は公務員ではないという解釈になる。
余談だが、この解釈は全く非論理的だ。論理学的には誤謬推理と言って差し支えない。「私はエラリー・クイーンの国名シリーズの中で『ローマ帽子の謎』を読んだことがない」と誰かが言ったとして、そこから、件の人が『ローマ帽子の謎』以外の国名シリーズ全部を読んでいるということは論理的には帰結しない。もしかしたら、国名シリーズどころかクイーンの小説を全く読んでいないかもしれないではないか! その場合でも。「私はエラリー・クイーンの国名シリーズの中で『ローマ帽子の謎』を読んだことがない」は文句なしに真であり、極めて誤解を招きやすい言い方だという点を除けば、全く何の問題もない。
しかし、法律家は理屈っぽいわりに論理学を知らないので、非論理的な解釈を平気で「論理解釈」などとうそぶくのだから困ったものだ。みんな、法律家を信用しないほうがいいよ。
ええと、何の話だったか。
そうそう、宮崎公立大学の教授は公務員ではない。地方公務員法の分限や懲戒に関する規定を準用するという規定もない。従って、上で引用したブクマコメントは字面の上では間違っていることになる。
わざわざ「字面の上では」と断ったのは、公務員以外の労働者に対しても「分限」に相当する処分があり得るかもしれない、と思ったからだ。そこで、労働基準法を繙く……が、分限どころか懲戒処分についての規定すらない。また、困ったときのウィキ(略)。懲戒処分 - Wikipediaをみると、民間企業における懲戒処分は就業規則により行うと書かれている。そういえば、降格無効の判決の根拠も「就業規則に書いてないよ〜」というものだった。就業規則労働基準法第89条に基づくもので、その第9号に「制裁」という語が出てくる。これが懲戒処分を指しているのだろう。
公務員の懲戒処分などについては法律で規定するが公務員以外の労働者の場合は就業規則に委ねる、というやり方が果たして今の日本の労働環境に照らして適切なのかどうか、ちょっと疑問。それはともかく、就業規則に丸投げということではなくて、さまざまな判例を通じて、使用者の懲戒権には制約が加えられているらしい。

上のリンク先では「人事権行使としての降格」と「懲戒処分としての降格」が区別されており、「人事権行使としての職位の引下げは、就業規則等に明確な根拠規定がなくともなしうる」とも書かれている。おそらく前者は公務員の場合の分限処分に類似したものなのだろうと考えられる。
では、宮崎公立大学の教授が准教授に降格されたのは、どちらの理由だったのだろうか? ハラスメント事案に関する処分について【PDF】と題された文書では次のように書かれている。

(1)懲戒処分:ハラスメント行為により「停職4月」
(期間:平成22 年12 月23 日から平成23 年4 月22 日)
(2)降任処分:教授としての適格性を欠く行為により「准教授」に降任させる
(平成22 年12 月23 日付)

形式上「降任処分」は「懲戒処分」とは分けて書かれているから「人事権行使としての降格」に該当する。従って、就業規則に書いていなくても准教授に格下げできるよ、というロジックなのかもしれない。
しかし、この「教授としての適格性を欠く行為」というのは何なのか? セクハラ以外に何かまずい行為が事実認定されているのだろうか? もし「ハラスメント行為=教授としての適格性を欠く行為」だとすれば、同一の非違行為に対して二重に処分を科したことになり、ブクマコメントにあったとおり「大学の違法性は明らか」と言えるのではないか。たとえるなら「お前は銃で人を傷つけたから懲役刑、銃の引き金を引いたから罰金刑」と言っているようなものだ。
残念ながら、宮崎公立大学就業規則は見つけることができなかった。もしかしたら「就業規則」という題名ではないのかもしれない。もともとウェブ上で公開していないのかもしれない。ともあれ、判決で降任処分が無効とされた直接の理由は朝日新聞の記事を信用するなら「就業規則に書いてないよ〜」なのだから、たとえば就業規則に「セクハラ野郎は停職のうえ格下げじゃい」と書いておけば、懲戒処分一本だから、二重処分の誹りを免れることができたかもしれない。その場合でも、他の大学の処分や他の非違行為に対する処分と比べて妥当な重さかどうかという議論はあっただろうが、今回のような判決にはならなかっただろうと想像できる。
だらだらと書き綴ったけれど、特に何かまとめがあるわけではありません。ごめんなさい。
あ、そうそう。今年4月に宮崎公立大学の学長に就任された林公子氏は学長より|大学について|宮崎公立大学(MMU)を見ると、「日本ジェンダー法学会理事」とも書かれている。「日本ジェンダー法学会」という名の学会が実在するかどうかは知らないが、ジェンダー法学会2012年12月からの役員名簿をみると「林弘子(福岡大学、福岡県弁護士会)」と書かれており、たぶん同一人物だと思われる。これまでの経歴をみると、特に宮崎公立大学に深い縁があった痕跡がうかがわれない学外の人物を学長に起用した理由が何となく見えてくる。
今回の判決について報じた読売新聞の記事には准教授が控訴を検討する旨のコメントを寄せているので、たぶん近々第二戦が開始されることになるだろう。労働法の専門家でもある林学長のコメントが気になるが、どこかで発表されていないだろうか?