パズラーの真髄

第三の時効 (集英社文庫)

第三の時効 (集英社文庫)

一読して、「これは乱歩だ」と思った。
乱歩といっても、『二銭銅貨』や『陰獣』の作者のことではない。
また『怪人二十面相』や『青銅の魔人』の作者のことでもない。
ましてや『鏡地獄』や『押絵と旅する男』の作者のことでは全くない。
そうではなくて、『幻影城』を書き、『探偵小説四十年』を著した評論家、江戸川乱歩のことだ。
彼は、探偵小説の一つの理想として、名探偵と名犯人*1の知的かつ心理的な闘争が生み出すサスペンスを重んじた。しかし、犯人の心理を直接描かないという探偵小説の制約の下で心理的闘争を盛り込むのは非常に難しく、その点で探偵作家江戸川乱歩は評論家江戸川乱歩を納得させることができる作品を遂に一作も物することができなかった。
その乱歩が『第三の時効』を読んだなら、大絶讃したであろうことは間違いないない。いや、間違っているかもしれないが、もしそうだとしても構わない。かわりにここで大絶讃しておこう。……じゃあ、乱歩の名前なんて出すなよ。
この作品集に収録された6篇はいずれもよく書けているが、名探偵の凄みを最も見せつけられるのは表題作「第三の時効」だろう。F県警捜査第一課強力犯捜査二係、通称「二班」の楠見班長こそ、まさに現代の明智小五郎の名にふさわしい。あまりに冷徹、あまりに非情、そして奸智に長けることこの上ない。
残念ながら「第三の時効」以外の5篇では楠見班長はほとんど活躍せず、この作品集全体をみると「一班」の朽木班長と「三班」の村瀬班長という二人の名探偵の対決の物語という趣きだが、それもやむを得ない。というのは、そもそも楠見班長という人物の設定は「第三の時効」の仕掛けを成立させるためにのみ用意されたものだと思われるからだ。生きた人間を描くのではなく、徹頭徹尾登場人物を駒として扱い大魔術を演じるという、ミステリ作家の技が光っている。
いや、技が光っているのは「第三の時効」ばかりではない。アリバイと密室というよく知られたテーマを扱い、それぞれ意表を衝く展開をみせる「沈黙のアリバイ」と「密室の抜け穴」*2、同じくよく知られたテーマを扱いつつも、「そのテーマが扱われているということ」を意外性のタネにしている「囚人のジレンマ」と「ペルソナの微笑」、そして藤原宰太郎的なネタですらも見事な作品に仕上げることができるということを示した「モノクロームの反転」*3、どれをとっても一級品ばかりだ。
いやはや、何とも贅沢な作品集だ。

*1:「名犯人」という言葉は使わなかったが。

*2:あとから振り返ってみれば、この2作にはある共通の着想があることがわかるのだが、プレゼンテーションが全く異なるため、読んでいる最中に気づくことは困難だろう。

*3:この作品には、もうひとつホワイダニットの興味もある。その謎を解く手がかりは冒頭の「沈黙のアリバイ」で提示されており、その手がかりが最後の最後で回収され『第三の時効』全体の幕となる。この構成も素晴らしい。