エンターテインメント小説ではカットバックと回想はいけない……そうだ

プロ作家になるための四十カ条 (ベスト新書)

プロ作家になるための四十カ条 (ベスト新書)

旅行に出るときはいつも大量の本をかばんに詰めていくことにしている。でも、めったに完読することはない。いや、1冊も読まないことすらあるほどだ。そこで、今回は厳選して2冊に絞った。1冊は『トリックスターズM (電撃文庫)』で、もう1冊がこれ。なんでこの本にしたかというと、たまたま昨日会社の近くの書店で見かけて、もしかしたら話の種になるかもしれない」と思ってついふらふらと買ってしまったからだ。別にプロ作家を目指しているわけではない。
積ん読にしとくのも気分が悪いし、さっさと読んでさっさと(略)と思った。
で、読んでみた。非常に愉快な本だった。
特に印象に残った文章*1を紹介しよう。

ためしに、メフィスト賞受賞作である乾くるみ氏の『Jの神話』を読んでみるといい。この作品の中には「そして」がめったやたらに出てくる。全体で、いったい何千あるか分からないくらい「そして」が使われていて、私は『Jの神話』じゃなくて『"そして"の神話』だろうと、皮肉な感想を覚えたくらいである。
当然、これらはリフレインなどではない。よく、こんな悪文の作品を編集部が何の修正もせずに出版したものだと呆れたくらいで、いくら受賞作を研究しろと言っても、こんな作品の真似をしてはいけない。悪い文体見本の最右翼に挙げられる一作である。
わー、思い切ったこと書くなぁ。いちおう、このすぐあとで責任は作者よりも編集部にあるとフォローしているが、乾くるみが読んだら気を悪くすることは間違いない。
なお『Jの神話 (講談社文庫)*2は初刊本が出たときに読んだが、「そして」を多用していたかどうかは覚えていない。今となっては本の山に埋もれてしまって発掘できないし、買いなおそうにもノベルス版は品切れだ。だから裏はとっていないのだが、こんなことで若桜木虔が嘘をつく必要もないので、たぶん本当のことなのだろう。
今紹介したのはほんの一例で、この調子で歯に衣着せぬ意見をずばずばと書いていて爽快だ*3。ただ、カットバックや回想シーンなど、作中の時系列と叙述の順序が異なる書き方を時系列の乱れとして厳しく禁じている*4のが気になった。小説指南書の類ではよく視点の乱れを戒めることがあるが、それ以上に時系列の乱れについて注意を喚起していて、ちょっと意外に感じた。この本では、読者にとって面白い小説と新人賞の選考委員にとって面白い小説にずれがあることを指摘し、後者に力点を置いてノウハウを解説しているので、そのことと何か関係があるのかもしれない。
実用書としてみたときにどの程度の価値があるものかはわからないが、作家志望者ではない門外漢が娯楽として読む分には問題はない。楽しいひとときを過ごすことができました。
読み終えた本を家まで持って帰っても読み返すことはないだろうし、ごみ箱に捨てるようなひどい扱いはしたくないので、誰かほしい人がいれば差し上げます。先着一名様です。

追記

無事、本は人手に渡りました。

*1:167ページ。

*2:リンク先は文庫版。

*3:もちろん、利害関係者なら別の感慨を抱くことだろう。

*4:ただし、叙述トリックを仕掛ける場合など、叙述の順番を変えることじたいに特別な意味がある場合は当然容認される。そのような手まで禁じているわけではない。