1996年のオオカミ導入反対論

先日、図書館で『紀伊山中の日本狼(復刻版)』という本を見かけた。

奥付をみると、平成9年6月15日に限定60部発行された本のようだ。著者は村上和潔という人で、この人が平成の始めに刊行した限定40部の本を復刻したものらしい。発行者は「紀州野生動物調査研究会 代表 久喜正二」「奈良県野生生物保護委員会 代表 中尾敏夫」両氏の連名となっている。
この本をぱらぱらとめくっていると、「外国産狼の導入に反対する申し入れ」という一文が目に留まった。これは、日本オオカミ協会会長丸山直樹氏あての文書で、筆者はニホンオオカミ研究会代表中尾敏夫氏、つまりこの本の出版者のうちの一人だ。平成8年3月11日付けの文書なので、おそらく元版には掲載されていなかったのだろうと思われる。
これがなかなか面白い文章だったので、少し紹介しよう。

明治38年以来絶滅をしたといわれて90余年。
21世紀になんなんとする平成の時代に、ニホンオオカミに関心を持ち、生存を信じている人たちが、日本国内に何人いるだろうか?
国民が等しく金儲けに忙しかった戦後の高度成長期にはもはや、ニホンオオカミは動物学の世界から民族学の世界に移ったのではないかと思われたほど、遠い昔話しになりつつあった。
そんな時代に埋没しかけたニホンオオカミの生存を信じ、民族学の世界から呼び戻し、日本野生動物界の食物連鎖の頂点に君臨する動物として、その生々しい生態を現代社会に登場させたのはニホンオオカミ研究会を始めとする人たちであった。
そこにはまだ見ぬものへの憧憬、夢とロマン。自分の足で現場を歩き、古老の話しを聞き、文献をひもといていく過程でニホンオオカミの真の生態か明らかになり、平成の今も原生林の中に厳然として生息していることが裏付けられたのである。

えっ、ニホンオオカミが生息していることが裏づけられたの?

この後いろいろ書いてあるが端折って、オオカミ導入への反対のくだりを読んでみよう。

今回外国産のウルフを日本の山野に放すという計画があるが断じて反対である。第一そんなことをしたら、ニホンオオカミの生存を頭から否定することになる。ニホンオオカミは外国産とは違うのである。もともと日本にいなかった動物を導入しようなどという無責任な計画は、学者の仕事を放棄した許しがたい行為である。ニホンオオカミについて全く理解していない、ろくに科学的な調査研究もしないで安易に導入などしたら、それこそ日本の動物学界、いや日本人は世界中の笑い物になるだろう。

おお、至極まっとうなことを言っているではないか!
この申し入れに対する日本オオカミ協会側の反応はどうだったのか気になるところだ。
今ちょっと検索してみると、この申し入れの翌々年に丸山・中尾両氏が同じ学会に出席しているようだ。きっと、オオカミ(再)導入を巡って日本オオカミ協会ニホンオオカミ研究会の間で大激論が繰り広げられたのではなかろうか。