絶滅危惧種についてあれこれと

絶滅危惧種を殺しても罪に問われない! - 紺色のひとを読んで思いついたことをだらだらと書くことにしよう。
少し雑然とした書き方になるので、まずはリンク先にならって三行でまとめてみよう。

さて、絶滅危惧種を殺しても罪に問われない! - 紺色のひとでは、

定義上の絶滅危惧日本語としての「絶滅危惧種が混同されると誤解を招きかねない!

という非常に重要な指摘がなされている。これは本文ではなく図のキャプションという形で示されているため、若干パラフレーズしてみた。

環境省レッドリストレッドデータブック*1で定義されている「絶滅危惧」*2と日本語で慣用的に用いられる、特に定義に基づかない「絶滅危惧種」が混同されると誤解を招きかねない!

なんでこういうにくどくどと書き直してみたのかといえば、絶滅危惧種情報にも書かれているとおり、「旧カテゴリー」では「絶滅危惧」という名称を用いていたからだ。
ところで「旧カテゴリー」というのは具体的には、いつ頃、どのようなレッドデータブックレッドリストで用いられていたものだろうか?

環境省では、昭和61年度より「緊急に保護を要する動植物の種の選定調査」を行い、その結果を踏まえて平成3年に、環境省レッドデータブック「日本の絶滅のおそれのある野生生物−脊椎動物編」及び「日本の絶滅のおそれのある野生生物−無脊椎動物編」を作成しました。

これを見ると当時は動物版しかなかったかのような書き方だが、植物版レッドデータブックはそれより前に存在していた。

野生生物を人為的に絶滅させないためには、絶滅のおそれのある種を的確に把握し、一般への理解を広める必要がある。このため、環境庁では、動物については「日本の絶滅のおそれのある野生生物」(動物版レッドデータブック)を平成3年に取りまとめた。

植物(維管束植物)については、平成元年に(財)日本自然保護協会と(財)世界自然保護基金日本委員会により「我が国における保護上重要な植物種の現状」が発行されているが、その後、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」が平成4年に制定されるなど、絶滅のおそれのある植物種の保存を図る上で、その現状を把握する必要性が高まったため、環境庁としても、最新の情報・知見を基に絶滅のおそれのある植物種をリストアップし、植物版レッドデータブックを作成することとしたものである。

今ではレッドデータブックレッドリスト環境省都道府県が作成するものだと一般に考えられているが、日本最初のレッドデータブックは役所ではなく民間団体が作成したものだった。ちなみに、全国初の地方版植物レッドデータブックは関西自然保護機構が1995年に発行した「近畿地方における保護上重要な植物−レッドデータブック近畿−」だそうだ。
20世紀の自然保護運動の歴史をひもとけば、民間団体に先んじて役所が率先して動いた例など皆無に等しいので、これは特に驚くに値しない。ただ、ひとたび役所が乗り出してくれば、何らかの形で法的な位置づけが与えられて規制が行われることが多いのに、レッドデータブックレッドリストは未だに法的根拠を持たない*3というのはなかなか興味深い。強いていえば、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律第2条第1項が根拠だということになるのだろうが、明示的にレッドデータブックレッドリストの作成が義務付けられているわけではない*4
というわけで、絶滅危惧種を殺しても罪に問われないのは、レッドデータブックレッドリストに明確な法的な位置づけが与えられていないからだということになる。では、なぜきっちり位置づけないのか? 環境省の怠慢か? 自然が保護されると都合が悪い勢力の妨害によるものか? これはいけない、絶滅危惧種のクマを救うために国会議員に働きかけなければ……というふうに思考がそっち方面へ行ってしまう人も多いだろうが、まあ待ってほしい。
レッドデータブックレッドリストで「絶滅危惧」にカテゴライズされた種について直ちに法規制をかけるような制度設計をするとどうなるか。より多くの種が守られて、豊かな自然を後世に残すことができるようになる? 違う。動植物種の絶滅リスクのみを考慮してカテゴリーランクを決めることができなくなる。法規制を行うにはさまざまな利害関係の調整が必要であり、それが済むまでリストに登録できなくなってしまうのだ*5
レッドデータブックレッドリストは社会的、政治的なしがらみにとらわれずに粛々と自然のありさまに基づいて作成し、まずは社会に対して警鐘を発する。そして、法規制対象種はレッドデータブックレッドリストをたたき台として別途作成したリストに基づき行う、という今のやり方は制度的にはよくできているように思う*6
ところで話は変わるが、旧カテゴリーから現行のカテゴリーに移行した際に「絶滅危惧種」から「種」が落ちて「絶滅危惧」になったのはなぜだろうか? カテゴリーの定義が変わったのに同じ名称を用いると紛らわしいと考えたのだろうか。それとも「種」が生物分類学上の種のみを意味すると誤解される*7と考えたのだろうか。このあたりの事情がよくわからないので、当時の事情をご存知の方はぜこ教えていただきたい。
最初に警告しておいたとおり、まとまりのない文章になってしまった。
最後に、これからレッドデータブックレッドリストについて調べようとしている人のための参考として2件リンクしておく。

*1:絶滅のおそれのある種について、その分布情報や絶滅危惧要因その他参考資料などを記述した本がレッドデータブックであり、原則として名称と絶滅のおそれの度合いのカテゴリーランクだけを掲げたリストがレッドリストである。作成プロセスを考えれば、まずレッドリストを作り、次にリストを肉付けしてレッドデータブックに仕上げるという順番になるが、公表される順番は必ずしもレッドリストが先というわけではない。歴史的には、先にレッドデータブックが刊行されており、レッドリストレッドデータブックの後に出ている。

*2:細かいことをいえば、「絶滅危惧」は「絶滅危惧I類」と「絶滅危惧II類」の総称であり、カテゴリー定義【PDF】をみても、「絶滅危惧」そのものに「絶滅危惧I類」と「絶滅危惧II類」から独立な定義は与えられていない。

*3:もしかしたら地方自治体の動植物保護条例の中にはレッドデータブックレッドリストの作成についての規定があるかもしれないが、全国に約30くらいあるらしい条例を全部確認することはできなかった。

*4:生物多様性国家戦略より後に制定された生物多様性基本法第2章と比較せよ。

*5:もうひとつ理由を挙げるなら、レッドデータブックレッドリスト掲載種がそこに掲載されるに至った理由、すなわち、絶滅危惧要因が一様ではないため、一律に法規制するのが合理的ではないという事情もある。本当はこっちのほうが大きな理由ではないかと思うが、この点について論じるとなるとかなりの長文になりすぐには書けないので註釈に留めておく次第。

*6:あまりよくないのはレッドデータブックレッドリストから、法規制対象種リストへの「転記」がなかなか進まないということで、国内希少野生動植物種の一覧【PDF】をみると、その数の少なさに驚く。

*7:種以外に亜種や変種のレベルでも掲載することがある。もしかしたら品種レベルの「絶滅危惧種」を掲載しているレッドデータブックレッドリストもあるかもしれない。このあたりの事情は「外来種」によく似ている。