「外来生物」と「外来種」

日本オオカミ協会の「公式ブログ」とされているシカと森toオオカミに、唖然とする記述があった。

環境省外来生物法のページです。

http://www.env.go.jp/nature/intro/1outline/list/index.html

特定外来生物にも未判定外来生物にも、オオカミの名はありません。外来生物ではないと判断されているということですね。

朝日新聞への環境省のコメントは、この自ら指定した外来生物法を無視されているようです。

なぜ唖然としたかというと、この筆者が「外来生物」「特定外来生物」「未判定外来生物」という3つの用語の関係を誤解して、環境省を批判しているように思えたからだ。
では、どういうふうに誤解しているのか?
その説明の前に、「朝日新聞への環境省のコメント」を見ておこう。

一方、オオカミ導入を提唱しているのが、シカやサル、イノシシなどによる年間約2400万円の農作物被害に悩む大分県豊後大野市の橋本祐輔市長だ。絶滅したニホンオオカミに近い種を中国から輸入して山林に放つという計画だ。

「被害が増えれば農家はやる気を失う。生態系を元に戻すにはオオカミしかない」と橋本市長。米・イエローストン国立公園での先例も支えになっており、農家から「早く導入してほしい」との声が上がる。まだ具体的な動きにつながっておらず、環境省は「外来生物が与える影響は計り知れない」と否定的だ。(後藤遼太、石川瀬里)

これを見ると、環境省が「絶滅したニホンオオカミに近い種」のことを「外来生物」と呼んでいることがわかる。それが「自ら指定した外来生物法を無視」していることになるというのがシカと森toオオカミの筆者の見解だ。法律を作ることはふつう「指定」とは言わず「制定」と言う。また、法律を制定するのは国会であり環境省ではない。だが、そんな細かい話はどうでもいい。要するに、環境省は自ら所管している外来生物法を無視している、と言いたかったのだろうが、その批判は誤解に基づくものだと思われる。
まず、外来生物法の条文を確認しておこう。これは、正式には特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律という長い題名の法律だが、その第2条第1項に次のように書かれている。

この法律において「特定外来生物」とは、海外から我が国に導入されることによりその本来の生息地又は生育地の外に存することとなる生物(以下「外来生物」という。)であって、我が国にその本来の生息地又は生育地を有する生物(以下「在来生物」という。)とその性質が異なることにより生態系等に係る被害を及ぼし、又は及ぼすおそれがあるものとして政令で定めるものの個体(卵、種子その他政令で定めるものを含み、生きているものに限る。)及びその器官(飼養等に係る規制等のこの法律に基づく生態系等に係る被害を防止するための措置を講ずる必要があるものであって、政令で定めるもの(生きているものに限る。)に限る。)をいう。

このだらだらと長い1つの文で「外来生物」と「在来生物」と「特定外来生物」という3つの用語が定義されている。また、少し後の第21条では「未判定外来生物」が規定されている。

未判定外来生物(在来生物とその性質が異なることにより生態系等に係る被害を及ぼすおそれがあるものである疑いのある外来生物として主務省令で定めるもの(生きているものに限る。)をいう。以下同じ。)を輸入しようとする者は、あらかじめ、主務省令で定めるところにより、その未判定外来生物の種類その他の主務省令で定める事項を主務大臣に届け出なければならない。

それぞれの用語の定義を多少端折って整理してみた。

外来生物
海外から我が国に導入されることによりその本来の生息地又は生育地の外に存することとなる生物
在来生物
我が国にその本来の生息地又は生育地を有する生物
特定外来生物
外来生物であって、在来生物とその性質が異なることにより生態系等に係る被害を及ぼし、又は及ぼすおそれがあるものとして政令で定めるものの個体及びその器官
未判定外来生物
在来生物とその性質が異なることにより生態系等に係る被害を及ぼすおそれがあるものである疑いのある外来生物として主務省令で定めるもの

特定外来生物」として政令*1で定めるものと「未判定外来生物」として主務省令*2で定めるものの一覧表がこれだが、なるほど確かにオオカミは特定外来生物でもなければ未判定外来生物でもない。しかし、オオカミが特定外来生物でもなく未判定外来生物でもないということから、オオカミが外来生物ではないということは論理的には帰結しない。そのような推論が可能となるためには、「すべての外来生物特定外来生物であるか未判定外来生物であるかのいずれかだ」という前提が必要となるが、上で見たとおり、外来生物法における「外来生物」「特定外来生物」「未判定外来生物」の用語法は「外来生物特定外来生物+未判定外来生物」という分かりやすい形では定義されていない。従って、環境省が海外のオオカミを指して「外来生物」と呼んだとしても、それは外来生物法を無視したものと結論づけることはできない。
以上で、どこがどう誤解なのかという説明を終えて、ここからちょっと横道に逸れる。
特定外来生物」と「未判定外来生物」は外来生物法という法律によって定義され、日本語の中に導入された言葉だ。根っからの法律用語と言ってよい。他方、「外来生物」とか「在来生物」というのは、もともと日本語の中にある言葉で、外来生物法での定義は便宜的なものに過ぎない。外来生物法でいう「外来生物」は国外外来生物のみを指し国内外来生物は含まないが、外来生物問題を研究している人が単に「外来生物」という言葉を使った場合には、外来生物法上の「外来生物」よりも広く国内外来生物をも含むことが多いので注意が必要だ。
では、環境省では、このような広い意味での「外来生物」をどう呼ぶのか?

外来種とは、たとえばカミツキガメのように、もともとその地域にいなかったのに、人間の活動によって他の地域から入ってきた生物のことを指します。

同じ日本の中にいる生物でも、たとえばカブトムシのように、本来は本州以南にしか生息していない生物が北海道に入ってきた、というように日本国内のある地域から、もともといなかった地域に持ち込まれた場合に、もとからその地域にいる生物に影響を与える場合がありますが、外来生物法では海外から入ってきた生物に焦点を絞り、人間の移動や物流が盛んになり始めた明治時代以降に導入されたものを中心に対応します。

【略】

〜侵略的な外来生物(海外起源の外来種)による被害を予防するために

【略】

……というわけで、環境省の用語法では「外来種」と「外来生物」は厳密に区別され、前者は国内起源のものも海外起源のものも両方含むが、後者は海外起源のものに限られているということがわかる。
もっとも、中国産のオオカミを九州に導入する場合を考えてみれば、それを「外来種」と呼ぼうが「外来生物」と呼ぼうが、大きな違いはない。また、ニホンオオカミが固有種かタイリクオオカミの別亜種かによって中国産のオオカミが外来生物であるかどうかが決まるというものでもない。というのは、「外来」という言い方はするけれども、生物分類学上の種に限ったことではなくて、亜種や変種でも外来種に含めるのがふつうだからだ。いい加減といえばいい加減な話だ*3が、研究者の間ではそれでも大きな混乱はないのだろう。
最後にちょっと余談。

DNAレベルでの違いも許さないという「原理主義者」もいますが、そうではなく「生態系への影響」という場合は、その「影響」とは、食物連鎖の中での役割が違う、と言いたいのだろうと推測します。

この一文にデジャ・ヴを感じたので、記憶を探ってみたところ……

6、遺伝子のかく乱を認めないという遺伝子純潔原理主義者からも、他県放獣を止められたそうです。クマは何県も渡り歩く動物なので、隣接県の山に放獣することなど何の問題もないのではないか。それよりも、わたしたちは、この国がクマという種を失うことのほうが、取り返しのつかない損失であると考えます。

全然別の文脈だが、ともに「原理主義」という言葉を使っているのが興味深い。

*1:特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律施行令のこと。

*2:特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律施行規則のこと。

*3:外来生物法で「外来種」という言葉が一度も用いられていないのは、もしかすると、このような用語法のいい加減さを避けるためだったのかもしれない。