野生動物保護管理のためのオオカミ放逐は動物愛護法に抵触するか?

目を覚ませ、それは肉食獣だ さあ、ハンターを育成する作業にもどるんだ - 一本足の蛸法律に「抵触する可能性もある」オオカミ放逐 - 一本足の蛸の続き。

輸入は可能でも、肉食獣を勝手に放逐してはいけないだろう。確か、特定動物という制度があったはず。しかし、調べてみると、動物の愛護及び管理に関する法律には、特定動物を意図的に放逐する行為を処罰する明文規定は見あたらなかった。いや、飼育目的が放逐という段階でアウトか? このあたりの法律には詳しくないので、ご存じの方は教えてください。

だが、環境省野生生物課は「オオカミは生態系のトップで影響は大きい。一度放すと元には戻らないので慎重な判断が必要だ」と話す。また、同省の動物愛護管理室も「危険な動物の管理を定めた『動物愛護管理法』に抵触する可能性もある」と指摘する。

これまで、オオカミで獣害対策 豊後大野市が前向き【大分のニュース】- 大分合同新聞オオカミでイノシシ駆除、計画に「危険」指摘も : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)などでも環境省野生生物課のコメントを掲載していたが、動物愛護管理室にも取材しているのがこの記事のミソ。ただ、「抵触する可能性」という控えめな表現ではよくわからない。これまでに例のない話なので、行政実例もなければ判例もないのだろうと思うが、果たしてオオカミ放逐を法的に阻止できるや否や?

その後、日本オオカミ協会の奇妙な論理2 - ならなしとりのコメント欄などを読み、動物愛護法*1のことをもう少し調べてみようと思ったところ、たまたま某地方自治体の動物愛護行政担当者と話をしたとき、飼っている動物を放逐するのは動物愛護法で禁止されている「遺棄」に当たるのではないか、という話を聞いた。
そこで動物愛護法を繙くと、

第四十四条  愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

2  愛護動物に対し、みだりに給餌又は給水をやめることにより衰弱させる等の虐待を行つた者は、五十万円以下の罰金に処する。

3  愛護動物を遺棄した者は、五十万円以下の罰金に処する。

4  前三項において「愛護動物」とは、次の各号に掲げる動物をいう。

一  牛、馬、豚、めん羊、やぎ、犬、ねこ、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる

二  前号に掲げるものを除くほか、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの

と書かれている。「愛護動物の遺棄は、これを禁止する」というような書き方ではないが、罰則規定があるのだから愛護動物の遺棄を禁止していると読むのが普通だろう*2。以前、動物愛護法を調べたときには、特定動物の放逐を禁止する規定ばかり探していたので、第44条の条文をきちんと読んでいなかったのだが、特定動物であろうがなかろうが一般に愛護動物の放逐が禁止されているのなら、日本オオカミ協会絶滅した日本のオオカミを復活させるという活動目標は現行法上不可能だということになるだろう。
しかし、本当にそうなのだろうか?
疑問がふたつある。
ひとつめ。日本オオカミ協会が目指しているオオカミの「再導入」*3は果たして動物愛護法第44条第3項の「遺棄」に当たるのだろうか?
動物愛護法は「遺棄」という言葉を何のただし書きも説明もなく用いている。法律ではごく普通の日常語が違った意味で用いられることがよくあるが、この場合は特別な含みを持たせているわけではないのではないか。とすると、「遺棄」とは動物をすてることで、つまり動物を飼っている人や預かっている人が果たすべき責任を放棄してはいけないから罰則を設けているのではないか。
日本オオカミ協会が目指しているオオカミ「再導入」は、そういう意味での「遺棄」ではない。オオカミ再導入に関する質問と回答などを読むと、飽き足り持て余したりしたペットを捨てるのと同じ気持ちでオオカミを放逐しようとしているのではないということがよくわかる。

1)過去に人間によって滅ぼされた種の復活は人間の責務である。

2)自然生態系の復元と保護:自然生態系が正常に機能するためには一組の捕食者群の存在が必要である。

個人的には全く賛同できない主張だが、なぜ賛同できないのかを説明するためには人間と自然の関係についてかなり長々と論じる必要があり、今はその準備ができていない*4
それはさておき、日本オオカミ協会の目指すオオカミの「復活」ないし「再導入」の過程で行われることとなるオオカミの放逐は、常識的に考えて遺棄とはみなせない。だが、動物愛護法は第1条で「動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害を防止することを目的とする」と書き、第7条第1項で動物の所有者又は占有者の責務として「動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、……【略】……ないように努めなければならない」と書いているではないか。そのために第44条第3項があるのだとすれば、そこでいう「遺棄」とは、ペットを捨てるような場合だけでなく、オオカミのような危険な動物を野に放って、人や家畜が襲われるような危険をもたらす行為も含んでいると解釈できるのではないか。
しかし、もしそうだとすると、わざわざ特定動物という制度を作っておきながら、なぜ特定動物とそれ以外の愛護動物の場合で「遺棄」の罰則が同じなのだろう? 特定動物の「遺棄」による人身・財産被害を防止するため、より重い罰則を設けてもよかったのではないか。それに、「愛護動物」という文言自体が、危険防止という目的から大いにずれるのではないか。
これがひとつめの疑問だ。予想していたよりも長くなった。ここでふたつめの疑問に踏み込むとさらに長くなることが予想されるので、今日のところはやめておく。
こうやって自分で考えてみると、なぜ環境省の中の人が法律に「抵触する可能性もある」という、ゆるい言い方をしたのかが何となく見えてきたような気もする。勘違いかもしれないけれど。

追記(2011/03/17)

上の文章でも言及した日本オオカミ協会の奇妙な論理2 - ならなしとりのコメント欄を久しぶりに見に行ったら、「抵触の可能性がある」という表現を環境省に問い合わせをした人*5のコメントがあったことに気づいた。どうやら環境省の中の人は愛護動物制度ではなく、特定動物制度のほうを念頭に置いて新聞社の取材にコメントをしたらしい。
放逐目的でオオカミを一時飼養するのが特定動物の飼養許可条件に違反することになるのかどうかについては、この記事*6のコメント欄でさんざん議論しているので繰り返さない*7ので、こみ入った議論を厭わない熱心な人だけ*8参照してください。

*1:動物の愛護及び管理に関する法律の略称。環境省では「動物愛護管理法」という略称を用いているが、「動物愛護法」のほうが短いし特に紛れもないと思うので、こちらを使う。

*2:と思うのだが、別に法律の専門家ではないので、たとえば刑法には「人を殺してはいけない」とは書かれていない - 博物士などを読むと考えがぐらついてしまう。でも、ここで立ち止まってしまうと本題を先に進めることができないので、本文では愛護動物の遺棄が法律で禁止されているという前提で話を進めることにする。

*3:以前は「オオカミ再導入」という言葉を無造作に使っていたのだが、1996年のオオカミ導入反対論 - 一本足の蛸以降、地の文では「再導入」を避けて、単に「オオカミ導入」と呼ぶことにしている。字面の上のことなのでさほど神経をとがらせる必要もないとは思うが、一度気になると、もう「オオカミ再導入」とは言えなくなってしまった。ここでは、日本オオカミ協会が使っている用語であるという含みを表すために括弧で括っておいた。

*4:今後、準備が整うかどうかも不明だ。これはかなりハードな問題だから。

*5:この人の文体にはなぜか馴染みがあるような気がするが、最近物忘れがひどく、どこで似た文体を見かけたのか思い出せない。

*6:というのは、今あなたが読んでいる当の文章のことです。念のため。

*7:実はこれでもいくつか抜け落ちている論点がある。たとえば行政行為の公定力を巡る問題とか。

*8:そうでない人は、オオカミ再導入に対する簡潔な反論 - ならなしとりを読めば十分かと。見出しのとおり簡潔によくまとまっていて参考になる。