今年最初に読んだ本

海の保全生態学 (ナチュラルヒストリーシリーズ)

海の保全生態学 (ナチュラルヒストリーシリーズ)

去年の最後から二番目に読んだ本『専門家の予測はサルにも劣る』と同じく、先日図書館で借りてきた本。非常に面白かった。
読んでみると、『専門家の予測はサルにも劣る』と重なる話題もあったのだが、別に統一的なテーマで借りる本を選んだわけではない。同時に借りた残りの3冊『理性・真理・歴史―内在的実在論の展開 (叢書・ウニベルシタス)』『若冲になったアメリカ人 ジョー・D・プライス物語』『地図から消えた島々: 幻の日本領と南洋探検家たち (歴史文化ライブラリー)』ともども、なるべく別ジャンルで互いに全く関係のない本を選んだつもりだった。
『海の保全生態学』を手に取ったのは、昨年世間を大きく騒がせたウナギ不足問題について何か書いていないだろうかと期待したからだった。その期待は外れた。クジラとマグロについての記述はあったが、ウナギのことはほとんど書かれていなかった。だが、期待外れでがっかりしたというわけではない。それ以上に得るものが大きかった。
たとえば、「漁業崩落」というような言葉を知っただけでもこの本を読んだ価値があったと思う。「漁業崩落」という字面だけみると、漁業という産業が壊滅的状況に陥ることを指しているようだが、そういう意味ではない。

動物は植物食,草食動物食,肉食動物食などと,食物連鎖を通じて植物から何段階減る位置にあるかが異なる.これを栄養段階という.雑食のものも,平均的な栄養段階が種によりだいたい決まっている.世界の漁獲物全体の平均的な栄養段階を評価すると,時代とともに下がっていることがわかる.つまり,水産物として価値の高いマグロなどの上位捕食者を獲り尽くし,イワシなどの低い段階のものに漁獲物が移ってきていることがわかる.これを漁業崩落(fishing down)という.*1

恥ずかしながら「栄養段階」という言葉すら知らなかったので、こういう記述を目にすると大げさにではなく新しい地平が開けたような気がするのだ。
もう一つ、印象に残った言葉がある。それは「非定常」だ。

自然は,放置していても一定の状態には落ち着かない.古人はこれを「諸行無常」,「盛者必衰」と呼んだ.水産学と生態学では,これを「非定常」という.*2

「非定常」という言葉を目にしたのはたぶんこれが初めてではないだろうと思うが、今までは特に意識していなかった。厳密な定義はともかく「非」「定」「常」という3つの漢字をつなぎ合わせればだいたいどういう意味合いになるかは容易に理解できるので、特に説明なしに文中で用いていても引っかかることなく読み過ごしてしまうからだ。そのような、それだけでは特に印象的でもなんでもない言葉を「諸行無常」や「盛者必衰」と並べてみると、祇園精舎の鐘の声が聞こえてくるような気がして、新鮮に感じられる。冷静になって考えてみれば「古人は……」の一文はあってもなくても本旨には全くかかわりがないのだが、こういうちょっとした一言が挿入されていると、文章を味わうという読書の醍醐味を感じることができる。
同様に、短い一文が山椒のようによくきいている例をもうひとつ紹介しよう。

秋から冬にかけて,これら3種*3は浮遊生物に飛んだ寒流域に季節移動する.これを回遊という.冬になると再び暖流域に戻っていく.ただし,わずかながら回遊をせずに相模湾など暖流域の沿岸で通年暮らす魚もいる.これを根付きという.雁谷哲氏の漫画『美味しんぼ』では,なによりもおいしい刺身はゴリやシマアジではなく,相模湾葉山の「根付きのサバ」ということになっているが,この味覚には異論もある.いずれにしても,数が多くなると沿岸が餌不足になり,多くの個体が黒潮の外側にまで広がって回遊する.他方,数が減ってくると回遊する個体が減り,集団は各地の沿岸に分断されてしまう.*4

まだ紹介したい箇所はたくさんあるが、きりがないのでやめておく。
いやはや、新年早々、いい本を読んだものだ。これで今年一年の読書運を使い果たしていなければいいのだけど。

*1:p.89

*2:pp.56-57

*3:イワシとカタクチイワシとマサバのこと。

*4:p.55