三日月刀の促進士

上の話題の続きを書こうと思っていたら、先を越された。付け加えることは何もないので、話題を転換する。
以下、多少不愉快な話。
「女か虎か」というのは、リドル・ストーリーの古典として有名なフランク・R・ストックトンの小説のタイトルだ。*1もちろん、男女トリックを使っているわけではない。別に「女のような悪魔」*2という見出しにしてもよかったのだが、何となく「女か虎か」を見出しに採用した。
しかし、ひとたび「女か虎か」という見出しをつけてしまった以上、その続きは「三日月刀の促進士」でなければならない。ところが、こちらのほうはタイトルをすっかり失念していたので、困ったときのぐぐる様頼み、さっそく検索してみた
そして、たどり着いたのがこのページ*3だった。
あれ? なんだか既視感が……。
そこで、思いつきを確かめるために書庫に分け入り、ほこりだらけの本の山をかき分け探索することおよそ一時間、ようやく目当ての本を見つけた。石川喬司の『夢探偵 SF&ミステリー百科』*4だ。その「リドル・ストーリー 結末を読者の想像にゆだねるナゾナゾ小説」という章は、まず冒頭で五味康祐の『柳生連也斎』のラストシーンを引用したのち、「女か虎か」の粗筋を紹介する。少し長くなるが、その箇所を引用しよう。


むかしむかし、ある国に野蛮な王様がいた。王様は壮大な円型闘技場をつくった。命令に違反した容疑者は、そこへひきだされる。闘技場の一方の端には、二つのドアがあり、容疑者はそのどちらかの扉を開けなければならない。一方の扉の奥には、その国で最も狂暴な虎がひそんでおり、 一方の扉の奥には、その国で最も美しい娘が隠れている。
虎の扉を開けた容疑者は、たちまちズタズタに引き裂かれ骨になってしまう。美女の扉を開けた容疑者は、その瞬間に許されて、彼女を花嫁に迎えることになる。――それが王様のユニークな裁判のやり方だった。
王様には、目に入れても痛くない一人娘がいた。彼女は身分のいやしい若者と恋におちた。二人は王様の目を盗んで密会をかさねていたが、とうとうバレてしまい、若者は闘技場にひきだされることになった。
裁判の当日――闘技場は超満員だった。観客はもちろん誰一人として、どちらの扉の奥に虎がひそんでいるのか知らされていない。しかし、王女はそれを知っていた。彼女は半狂乱になって、その秘密を手に入れたのである。王女は、恐ろしい虎と美しい娘の両方を、前もって見ることができた。
あの残忍そうな餓えた虎が、愛する若者を頭から噛みくだく光景を想像すると、王女は失神しそうになる。しかし一方、あの自分よりもはるかに美しい娘が若者と一緒になることを想像すると、嫉妬で気が狂いそうになる。血の烈しさを父親から受けついだ王女は、手に入れた秘密を若者に教えてやるべきかどうか、迷いに迷った。そしてついに決断した。
闘技場にひきだされた若者が、燃えるような目を自分に向けたとき、王女は、ひそかな手の動きで、その秘密を若者に伝えたのだった。
王女が若者に教えたのは、はたして美しい娘の隠れている扉だったのだろうか、それとも、凶暴な虎のひそんでいる扉だったのだろうか?
短いエピソード*5を挟んで、次に「女か虎か」の続篇を紹介している。今度は全文ではなく、最後のコメントのみ引用しよう。

つまり続編がまたナゾナゾになっているわけで、ずいぶん人を食った話である。
この後、ジャック・モフェットの解決篇を紹介してから、次に「世界三大リドル・ストーリー」に言及。

『女か虎か?』とともに世界三大リドル・ストーリーの古典とされているのはマーク・トウェインの『恐ろしい中世のロマンス』(1871)と、クリーヴランド・モフェットの『謎のカード』(1896)である。
そして『謎のカード』の粗筋紹介へと繋がっていくわけだ。
ここまでくれば、『夢探偵』のこの章の最後に取り上げる小説が何か、もうおわかりだろう。そう、「箱の中にあったのは?」だ。なお、この小説の作者はリチャード・マティスだ。ただし、ここで紹介されているのとは、オチが少し違っていて、少年が恐怖のあまり死んでしまうなどといった下らないおまけはない。
ここでまとめ。
『夢探偵』自体が他人の書いた物語の受け売りであり、オリジナルの要素はほとんどない。しかし、テーマを設定し、そのテーマに沿って物語を選択し、要約し、配列したのは、石川喬司の仕事だ。その業績を軽んじてはならない。

*1:高木彬光にも同題の作品があるが、そのことはすっかり忘れていた。

*2:これは小松左京の小説のタイトル。内容はタイトルそのまんまの馬鹿話。

*3:以下の記述を読む前に、リンク先と後続ページに予め目を通しておいて頂きたい。

*4:1981年講談社文庫刊。元版は1977年に早川書房から出版された『SF・ミステリおもろ大百科』だそうだが、未見。ところで、改題の際に「ミステリ」が「ミステリー」に変えられているのが興味深い。今では考えにくいことかもしれないが、当時は「ミステリ」という表記は早川と創元以外ではほとんど用いられていなかった。

*5:そのエピソードもなかなか面白いのだが、本題から外れるので省略する。