投票とアンケートの違い

選挙は金がかかるのでアンケート調査に切り換えてはどうか、という意見がある。統計理論に基づいて無作為抽出を行えば、全有権者のうちごくわずかな人々の意見を聴く*1だけで民意を政治に反映できるのだから、現在の選挙制度は非常に無駄が多い、という主張だ。
この意見の評価はさておき、そもそも投票とアンケート(調査への回答)はどこが違うのか、というのが今日の話題だ。
確か以前にも同じ話題を取り上げた覚えがある。当該記事を探すのが面倒なので記憶に頼って書くが、そのときの結論は、「投票とアンケートは主客が逆になっている」というものだったはずだ。選挙の場合は、投票する人は選挙権を行使する主体だが、アンケート調査の場合は、回答者は調査対象であり、少し古めかしい言葉でいえば、調査の客体ということになる。
さて、主体と客体の違いといえば、全く正反対ということになるのだが、理念のレベルを離れてみれば、実はあまり大きな違いはないような気もする。さて、投票とアンケートの違いというのは、こればかりのことだったのか?
それだけではない。
今日、昼休みに昼寝をしていて何のはずみにか思いついたのだが、投票とアンケートには主客転倒とは別に大きな違いがある。それは、アンケート調査の回答で意図的に嘘をつくことはできるが、投票の場合にはそれができないということだ。
たとえば、「2006年ベストライトノベル調査」というアンケート調査があるとしよう。「2006年に発売されたライトノベルのうちであなたが最も面白いと思った作品を1つ挙げてください」という依頼に対して、ふつうの回答者はありのままに自分が面白いと思ったライトノベルのタイトルを挙げるのだが、中にはひねくれた奴がいて「あー、別にこんな調査に協力することはないんだが、どうせだから嘘を書いてやれ」と邪なことを考え、オビで谷川流が推薦しているので買うだけは買ったが中は読まずにオビだけ外して保管したが本体は捨ててしまった本*2を挙げる、ということがあるかもしれない。黙っていれば他人にはわからないことだが、それでも嘘は嘘だ。アンケートの質問に対して虚偽の回答を行ったということになる。
他方、「2006年ベストライトノベル大賞」という企画があるとしよう。「2006年に発売されたライトノベルのうちであなたが最も面白いと思った作品を1つ挙げてください」という依頼に対して、同じくひねくれた回答者が同じ作品のタイトルを書いて投票したとしよう。この場合、投票者は「自分の心に嘘をついた」とは言えるかもしれないが、そのような修辞を抜きにすれば、単に投票を行っただけだ。投票に嘘も本当もありはしない。
もちろん、人間は完全無欠ではないから、間違えることはあるだろう。たとえば『"文学少女"と飢え渇く幽霊』に一票を投じるつもりだったのに、ついうっかりと投票用紙に『制覇するフィロソフィア』と書いてしまうという間違いが、決して断じて全く皆目絶対にないとは言い切れないのではないかと思うこともなきにしもあらず。投票で間違えるということは、アンケートで間違えるのと同様にあり得ないことではない。だが、投票で嘘をつくということは決してない。それは投票という制度*3のもつ特徴なのだ。

*1:有権者の総数によっても異なるが、だいたい400人か500人くらいを抽出すれば母集団の傾向を知ることができる……らしい。統計学をきちんと勉強していないので、なぜその人数で足りるのかは訊かないでほしい。

*2:あえてタイトルは伏せる。なお、実際にそんなことをやったというわけではなく、単なる例なので誤解のないよう。

*3:もしお好みなら、「制度」のかわりに「文法」といっても構わないだろう。