続・パズルとフェアプレイ

読者への警告

この文章は、いちおうパズルとフェアプレイの続きだ。ただし、前回の議論をさらに展開していたり、修正を加えていたりするわけではない。ただ、前回の文章を受けて書かれたショートショート*1で、どちらが勝ったの?*the long fish*)をもとにあれこれ考えてみようと思っているので、「いちおう」続きになるだろうという程度のことだ。
従って、前回の「パズルとフェアプレイ」を読んでいない人がこの文章を読んでも全く差し支えない*2し、前回の文章を読んで意味がわからなかった人も安心してほしい。そのかわり、「で、どちらが勝ったの?」は必読とする。ただ漫然と読むだけではなくて、あなた自身が当該作品中のY氏になったつもりで誠実にパズルに取り組み、この錯綜した問題についてあなたなりの考えをまず持っておいていただきたい。
それが面倒な人は、以下の文章を読んでも時間の無駄なので、ブラウザを閉じるなり、他のページへ移動するなりして下さい。

問題の整理

「で、どちらが勝ったの?」では、弁護士とモデルの駆けっこについて、X氏は次のデータを提示した上で、Y氏に問いかけている。なお、丸括弧内は明示されていないが、このパズルの趣旨に照らして問題のない範囲で言葉を補ったものである。

  1. 行きは男のほうが(女のほうより)速かった。
  2. 帰りは弁護士のほうが(モデルのほうより)速かった。
  3. X氏は弁護士とモデルの両方を知っている(ので、どちらが男性でどちらが女性であるのかも知っている)。
  4. X氏には(1,2,3のデータのみから)駆けっこの勝者がどちらが勝ったのかがわかった。

これらのデータからY氏にも駆けっこの勝者がわかるかどうか。これが作中で問題となっている*3
X氏は、弁護士とモデルのどちらが男性でどちらが女性かというデータをY氏に提示してはいないので、X氏とY氏の手持ちデータは同じではない。しかし、上の4つの条件のみからY氏には答えが出せるはずだとX氏は主張する。作中での説明方法とは若干異なるが、次にX氏の主張を再構成してみよう。

  • 弁護士・モデルの性別データは明示されていないが、少なくとも次のどちらかである。
    • 弁護士が男性であり、モデルが女性である(以下、「男弁女モ」と略記する)。
    • 弁護士が女性であり、モデルが男性である(以下「男モ女弁」と略記する)。
  • 上記1と2のデータに、弁護士・モデルの性別データを組み合わせると次のようになる。
    • 1と2及び「男弁女モ」のみからは、駆けっこの勝者がどちらかであったのかはわからない。
    • 1と2及び「男モ女弁」のみから、駆けっこの勝者が男性モデルであったことがわかる。
  • X氏の手持ちデータが、1と2及び(「男弁女モ」または「男モ女弁」)であり、かつ、X氏にはそれらのデータのみから勝者がわかった。
  • ゆえに、X氏の手持ちデータは1と2及び「男モ女弁」である。
  • ゆえに、モデルが駆けっこの勝者である。

このように再構成されたX氏の主張には、Y氏が知らないデータは何一つ含まれていない。従って、「モデルが駆けっこの勝者である」ということは、Y氏に与えられた上記1〜4の論理的帰結である、ということになる。

紛糾した理由

作中では「Y氏に与えられたデータから答えが論理的に帰結する」というかわりに、「(X氏にとっての)あなた=(Y氏にとっての)私が答えを出せる」という表現(以下、X氏側、Y氏側双方の表現を一括して「Y氏が答えが出せる」と表す)を採用している。これが紛れのもとになっている。
なお、あり得べき混乱を回避するために、ここで注意を喚起しておこう。Y氏に与えられたデータから答えが論理的に帰結するということと、Y氏が答えが出せるということは、厳密にいえば同じではない。なぜなら、Y氏は論理的超人ではないからだ。一定以上の複雑な論理計算をY氏は遂行できないかもしれないし、遂行中に何か間違いをしでかすかもしれない。とはいえ、「で、どちらが勝ったの?」のパズルにとって、Y氏の人間としての限界は本質的なことがらではない。
本題に戻る。
Y氏が答えが出せるかどうかが問題であって、Y氏が答えが出せるということを根拠とするX氏の主張はおかしい、というのがY氏の主張である。少し整理しよう。

  • X氏が弁護士・モデルについて持っているデータは「男弁女モ」または「男モ女弁」のどちらかである。
    • もし、X氏の手持ちデータが「男モ女弁」であれば、Y氏は答えが出せる。
    • もし、X氏の手持ちデータが「男弁女モ」であれば、Y氏は答えが出せない。
  • Y氏が答えが出せるかどうかはわからない。
  • ゆえに、X氏の手持ちデータが「男弁女モ」か「男モ女弁」かは判定できない。

このY氏の主張は正しいようでいて誤っている。Y氏が答えが出せるかどうかは、一見したところ全く不明のようだが、実のところ、Y氏に与えられたデータから答えが論理的に帰結するかどうかと同じこと*4であり、実は不明ではない。先にX氏の主張を再構成した際に既に見たとおり、Y氏は答えが出せるのだ。Y氏の主張を受けたX氏の論駁は、Y氏が答えが出せるかどうかが不明であるという誤った前提を背理法により覆すものである。X氏の反駁にはたぶん論理的誤謬はない。しかし、「Y氏が答えが出せる」という紛らわしい語法を採用してしまったがために、必要以上に複雑なものになっているのも事実だ。

さて、ここで問題です

以上の考察により、「で、どちらが勝ったの?」の論理的構造を整理し、多少は見通しがつくものにできたのではないかと思う*5。しかし、冒頭の警告を無視した人にとっては、いずれにせよちんぷんかんぷんだったことと思う。
逆に、もし、あなたが冒頭の警告に従って誠実に取り組んでいたなら、ここで何が書かれていたのかを理解するのはたやすいことだったろう。
そこで、最後にあなたの理解の程度を試すために二つの問題を提示しよう。なに、たいした問題ではない。

問A
「で、どちらが勝ったの?」のY氏の性別は男性か、それとも女性か?
問B
問Aはフェアプレイにかなっているといえるか? いえないとすれば、どこがアンフェアなのか?

論理的思考能力に長けた読者諸氏の健闘を祈ります。

*1:むしろ「ユーモアスケッチ」と呼びたい気もするが、あまり一般的ではないので、無難に「ショートショートと呼んでおくことにする。

*2:ただし、筆者としては併せて前回の文章も読んでもらいたいと切に願う。

*3:後述するように、この定式化が問題を紛糾させるもとにもなっている。

*4:厳密にいえば「同じこと」ではないが、先に注意を喚起したとおり、この場ではY氏の論理計算にかかる限界は無視することにしている。

*5:もしかしたら、そう思っているのは世界中でただ一人だけかもしれないが、そうでないことを祈りたい。