しみじみと面白くて、ときどき意表を衝かれる傑作『たま◇なま』

たま◇なま?生きている、日々? (HJ文庫 ふ)

たま◇なま?生きている、日々? (HJ文庫 ふ)

たま◇なま』シリーズ第6作め。これだけ続いているのだから、それなりには売れているのだろうが、ラノベサイト界隈ではあまり言及されることが少ないように思う。残念なことだ。
できれば未読の人に多少なりとも『たま◇なま』の魅力を伝えて、一人でも多くの人に読んで貰いたいと思うのだが、さて、どんな紹介をすればいいのか迷うところだ。「『たま◇なま』とは要するに××○○である」というように簡潔に言い表すことができればいいのだが、このシリーズの独特な雰囲気はそのような類型化を拒絶するようなところがあって、どうやっても的外れなレッテル貼りにしかならないのだ。
とりあえず、「米澤穂信が無理矢理「現代学園異能」を書いたような小説」とでも言っておこうか。もちろん、このたとえは相当強引なもので、小説全体に漲る(?)ブレーキ感が米澤穂信にやや似ているくらいだ。冬樹忍が「ミステリ・フロンティア」に招聘されることは天地がひっくり返ってもあり得ないだろう。また、『たま◇なま』は初期設定だけみれば現代学園異能といってもいいが、ストーリー展開は全く違っている。今回は主人公もヒロインも異能バトルに参加していないし。
異能があるのにバトルをしないなら、いったい彼らは何をしているのか? 秋祭りで金魚すくいをしたり、合宿で肝試しをしたり、大晦日紅白歌合戦を見てから初詣に出かけたり、誕生日に「プレゼントは私!」イベントをやってみたり*1、淡々と日常生活を送っているだけだ。凡庸な作家が書けば退屈で平板なお話になっていただろうが、この作者はとにかく会話のテンポや間合いの取り方がうまく、随所に絶妙なくすぐりが挿入されていて全く飽きることがない。
特に、キャラクターの性格や位置関係を活かしたユーモアが素晴らしくて、たとえば33ページの

「おれが止めるのか」
「お前以外の誰が止めるんだよ」

という会話など、それだけ取り上げてみればどうということはないのだけれど、それまでに積み上げられてきた人間関係を背景にして読むと、物凄くいい味を出している。ああ、でもこんな紹介の仕方じゃ、未読の人には何のことかわからないな。ごめん。
また、健全な青少年の妄想を駆り立てる微エロなエピソードの数々も『たま◇なま』の魅力のひとつだ。今回はコタツでの酔っぱらいの会話シーン、特に186ページ以下にひとつの山があり、さらに204ページからの岩盤浴での言葉嬲りソフトSMへと至る流れがよかった。いや、でもどぎついエロを期待して『たま◇なま』を読んじゃいかんよ。ほのかに漂っているのがいいんだから。
そんなこんなで楽しく読み進めていると、262ページで少し驚かされた。えっ、アレが伏線だったの? 慌ててページを繰って最初のほうを読み返す。ああ、確かにはっきり名前が出てくる。でも、これが伏線とはふつう気づかないよなぁ。
そして、268ページでとどめの人名列挙。全能感が一気にしぼんで無能感へと反転する瞬間が訪れる。これは何ともやりきれない。ページが変わらないうちに一行あいて場面転換して光に満ちた誕生日イベントが始まるだけに、この闇はいっそう引き立つ。この明暗のコントラストがたまらない。
そのまま勢いに乗ってラストまで読み進め、最後から二番目の行で示される次巻へのヒキに至り、期待を抱きつつ読了。ああ、面白かった。
こんな感想文で未読の人に『たま◇なま』のよさが伝わるとは到底思えないが、ほんの少しでも興味をもったなら、ぜひご一読いただきたい。個人的には今回がいちばん面白かったと思うが、だからといっていきなり最新刊から読むべきではない。最初から順番に読んで貰いたい。6冊もあるからと怯むことはない。文章の流れに身を任せてすらすらと読めば、あっという間だ。
このシリーズはサブタイトルを見ただけでは何巻目なのかがわからないので、念のために書き記しておくことにしよう。

  1. たま◇なま ~生物は、何故死なない?~ (HJ文庫)

    たま◇なま ~生物は、何故死なない?~ (HJ文庫)

  2. たま◇なま ~あなたは、死にますか?~ (HJ文庫 (ふ03-01-02))

    たま◇なま ~あなたは、死にますか?~ (HJ文庫 (ふ03-01-02))

  3. たま◇なま 生きている、理由(わけ) (HJ文庫 ふ 3-1-3)

    たま◇なま 生きている、理由(わけ) (HJ文庫 ふ 3-1-3)

  4. たま◇なま~ほしいものは何ですか?~ (HJ文庫)

    たま◇なま~ほしいものは何ですか?~ (HJ文庫)

  5. たま◇なま~こわいものはありますか?~ (HJ文庫)

    たま◇なま~こわいものはありますか?~ (HJ文庫)

  6. たま◇なま?生きている、日々? (HJ文庫 ふ)

    たま◇なま?生きている、日々? (HJ文庫 ふ)

最後に、今回の「あとがき」について一言。驚くべきことに、この「あとがき」の主題は虚構的対象の存在論だ。心理主義プラス還元主義的唯物論の立場に基づき虚構的対象に関する反実在論を主張している……というふうに読んだのだが、あるいは誤読かもしれない。なかなか興味深い話題だと思うので、そこで示されている見解を検討してみたいものだと思う。

*1:これは物語終盤なので紹介しないほうがいいかもしれないとも思ったが、オビにでかでかと書いてあるので紹介を控える意味もないだろうと思い直した。