あまり知られていないけど今年6月から高齢運転者の認知機能検査が始まります

自滅する地方 自滅した浜松 その3 - シートン俗物記を読んでいて、ちょっと違和感があったところを引用する。

それでも、大型店舗やそれを支える「自動車指向」のまちは「消費者」が望むのだからいいじゃないか、という意見もあるでしょう。しかし、その消費者には、自動車が利用出来ない若年層や高齢者層、そして障害者などの存在がスッポリ抜けています。今後の高齢化社会少子化社会が一層進む中で、自動車を利用出来る層にしか恩恵が無いのはどんなものでしょう。

日本では高齢化問題と少子化問題が同時期に表面化したため、少子化と高齢化をセットにした「少子高齢化」という言葉が生まれた。どちらも年齢別人口の変化に関わる事柄なので、セットにしたほうが便利な場合もあるが、高齢化問題のみ、あるいは少子化問題のみを扱う文脈でも手拍子で「少子高齢化」と書いてしまう粗忽な論者も多い。ちょっと考えてみればわかることだが、少子化と高齢化は必ずしも直結する現象ではない。生まれてくる子供の数が減れば総人口に占める老年人口の割合も増えるから、両者は全く無関係というわけではないのだが、高齢化の主要因は現在の出生数の減少ではなく過去の出生数の一時的な増加(およびその後の死亡率の低下)に求めるべきだろう。
上の記事では安直な「少子高齢化」という言葉こそ使ってはいないが、「高齢化社会少子化社会」と並べて書いてしまっている。少子化が進めばその分「自動車が利用出来ない若年層」が減るわけだから、この議論にとってはむしろマイナス要因ではないかと思う。
……というのが第一の違和感。ただし、これは言葉遣いに関するものなのでたいした事ではない。もっとひっかかるのは高齢者層を自動車が利用できない層だと考えている節があることだ。
確かにこれまでの高齢者はあまり自動車を運転しなかったが、これからもそうとは限らない。交通安全白書の「年齢層別・男女別運転免許保有状況」*1をみると、平成14年版平成20年版で高齢者の免許取得率がかなり上がっている*2ことがわかる。そろそろ「高齢者=交通弱者」という図式は成り立たなくなりつつあるのではないか。むしろ、高齢者と自動車との関わりでは、高齢運転者の交通事故問題が表面化しつつある。
ここまで前置き。ここから本題。
上でも紹介した平成20年版交通安全白書には次のような記述がある。

このほか,75歳以上の者の免許更新時に,運転に必要な記憶力,判断力等に関する認知機能検査を導入することなどを内容とする改正道路交通法が成立し,21年6月までに施行されることから,新制度の円滑な施行と高齢者講習の充実に向け,準備を進めた。

【略】

75歳以上の運転者について高齢運転者標識(高齢者マーク)の表示を義務化する改正道路交通法が成立(平成20年6月施行)したことから,高齢運転者の安全意識を高めるため,高齢者マークの積極的な表示の促進を図った。

後段の「高齢運転者標識」というのは、いわゆる「もみじマーク」のこと。もみじマークの義務化には強い反発があり、各所で話題になったことは記憶に新しい。

6月1日から施行される改正道路交通法により75歳以上のドライバーに高齢者マーク(もみじマーク)の表示が義務化されることに対して与党内から異論が噴出している。「高齢者の線引き」と批判が強い後期高齢者医療制度長寿医療制度)の「第2弾」となりかねないだけに警察庁は慌てて今後1年間は違反者摘発を見送る方針を決めたが、批判はますます強まる公算が大きい。(坂井広志)

で、結局、こんなことになってしまった。

道路交通法で75歳以上に表示が義務づけられている高齢運転者標識(もみじマーク)について、警察庁は25日、罰則を凍結し、70〜74歳と同様に努力義務にとどめるとする改正試案をまとめた。同庁は公式には「表示率が高まったから」と説明するが、お年寄りらの反発を受けて6月の施行からわずか半年で事実上撤回した形だ。(野田一郎)

ところが、前段の高齢運転者の免許更新時の認知機能検査については、もみじマーク義務化以上に物議を醸しそうなデリケートな制度なのに、不思議なことに今のところ目立った反対論や抗議はないようだ。というか、ほとんど知られていなっていないのだから、反対の声が起こるはずもない。この制度についてわかりやすく解説した記事はないかと思い、警察庁のウェブサイトで検索してみたが、PDFファイルばかりだったので、千葉県警北海道警にリンクしておく。
さて、この認知機能検査、一般にはあまり知られていないけれど、ある特定の業界では非常に強い関心をもって、制度の詳細がどうなるのかが注目されているそうだ。いや、もったいぶっても仕方がないのではっきり書いてしまおう。自動車教習所業界だ。
調べ方が悪いのかもしれないが、今のところ認知機能検査を実施する場所がどこなのか、具体的な情報は公的機関のウェブサイトには掲載されていない。だが、認知機能検査は高齢者講習の前に行われるのだから、高齢者講習と同じ自動車教習所で行うのがいちばん自然で受検者への負担も少ない。実際、警察*3はその方向で検討しているようだ。
自動車教習所業界は最近じり貧で明るい話題が少ない。つい先日もこんな記事が出たところだ。

自動車の販売不振が深刻化する中、自動車教習所もかつてない苦境に立たされている。警察庁が発表した運転免許統計によると、公安委員会が認定した指定自動車教習所の卒業者数は20年前に260万人超だったのが、2007年末には約178万人にまで縮小。背景には、自動車免許の取得年齢である18歳人口の減少がある。だが、「特に去年からの入学者数の落ち込みが激しい」と教習所関係者は口をそろえる。「07年も入学者数は対前年比で3%減。でも08年は10%以上落ち込みそうだ」(東京都内の教習所)。

そんな中で、新たに仕事が増えるのだから、業界にとっては福音なのではないかと思ったのだが、自動車教習所に勤務している知人に言わせれば、むしろ厄介事のほうが多くてみんな頭を抱えているそうだ。その話を聞いたとき、その知人は想定されるトラブルの具体例を挙げながらぐちぐちとぼやいていた。知人ははてなダイアラーなので「じゃあ、そのことを日記に書けよ」と言ったら「書きたいけど、書いたら職業がばれるから嫌。代わりに書け」と言われた。なんだそりゃ。
まあ、考えてみれば長年自動車の運転を続けてきて、それなりに自負もある人が、自分の子供か孫の世代の人間の前で記憶テストやら連想ゲームといった一見馬鹿馬鹿しい検査を受けさされるわけで、それだけでも人によっては屈辱的だろう。それでも無事検査を通過できればいいが、結果次第では臨時適性検査などというさらなる検査も受けなくてはならないし、場合によっては免許の更新ができないこともある。そうなると、その後の生活にも差し障りがでてくるわけで、不満も募ることだろう。わずかな手数料収入と引き替えにそんな不満の矛先が向けられるのは嫌だというのもわからないでもない。
といっても、高齢者が加害者となる交通事故が増えているのも確かだし、その要因のひとつである認知機能の低下を事前に調べて事故を未然に防ぐという案には十分な合理性がある。外野の人間には「下手に運用すれば人権侵害にもなりかねないので、年長者に対する敬意をもって慎重に検査を実施することが求められている」というようなコメントしかできない。
というわけで、今回の話題には、これといったオチはありません。
最後に、参考のため、現在既に実施されている高齢者講習を受けた人の文章にリンクしておく。

*1:どうでもいいけど、人口ピラミッドに慣れていると、このグラフは男女が左右逆で年齢階層も上下逆になっているのでかなり見づらい。

*2:本題からはそれるが、20歳代前半の免許取得率が男女ともに下がっているのが目を惹く。

*3:運転免許関係の業務は都道府県公安委員会の所管だが、公安委員会には独自の事務局がないので、実際には都道府県警察が取り仕切っている。この文脈では特に公安委員会と警察を分ける必要はないと思われるので、本文ではわかりやすさを重視して「警察」と表記した。