「コンパクトシティ」が駄目なら「スローシティ」がある……のか?

日本版スローシティ―地域固有の文化・風土を活かすまちづくり

日本版スローシティ―地域固有の文化・風土を活かすまちづくり

諸般の事情で2時間ほど待たされる用事があり、暇つぶしのために何か本を読もうと思ったのだが、あいにく手持ちの本が暇つぶしに不向きだったため、近場の小さな書店に入ったところ、この本があった。その隣には『日本版コンパクトシティ―地域循環型都市の構築』という本もあって、どちらを買うか迷ったのだが、「スローシティ」という言葉を知らなかったので興味を惹かれてこちらを選んだ。去年4月に出た本だが、さすがにまだ賞味期限切れということもないだろうし。
この本のキーワードである「スローシティ」の話は後回しにして、いちばん面白かった箇所を紹介してみよう。「カップル減少の理由」と題された一節から引用*1する。

非婚率上昇は人口減少と密接な関係にあるため、非婚率上昇の原因分析やアンケート調査は、盛んに行われている。その調査分析のなかで、結婚しない理由を問うアンケートをよく見かける。そのアンケート回答順位の第一位は「結婚したい相手にめぐり会わないから」との回答が圧倒的に多い。【略】他の同種アンケートでも、ほぼ同じような回答結果が得られているが、どうも本音とは感じられない。それは根本的なことに触れようとしていないからである。非婚率の上昇の「根本的なこと」とは、「女性が男性へ高い期待」をもつことにあると筆者は推測する。特に男性に期待する収入が、男性が現実に得ている収入より非常に高いことが根本にある。そう推測すると、男性の多くは、収入面で女性の高い期待に応えられないため、「金銭的に余裕がない」と結婚(そして恋愛)を諦める。その結果、「自分の欲望を満たす趣味に走る」と説明できる。一方、女性は「期待値の高い人=結婚したい人にめぐりあえない」ことを嘆き、その結果こちらも「自分の欲望を満たす趣味(仕事)に走る」と説明できる。

この本のテーマは「まちづくり」なんですが……。
この後の小見出しは次の通り。

  • カップル減少社会は移民を増やす
  • 「モテる趣味」から「萌える趣味」へ
  • 萌える趣味は街中消費に結びつかない
  • カップル減少社会の象徴、男性のまち「太田市

おお、「まちづくり」論のアンチヒーロー太田市*2がここで出てくるとは!
このほかにも興味深い議論がいくつかある。たとえば、中心市街地衰退は郊外への大規模商業施設の進出が原因だとよく言われ、市街地の再生のために大型店の出店規制が提唱される*3が、著者は市街地内に出店するコンビニやファストフードなど「大資本小型店」の脅威を指摘する。また、従来はあまり重視されてこなかったインターネット通販による消費行動の変化などにも目を向けている。これは面白い。
また、「コンパクトシティ」の先進事例としてよく並列的に語られる青森市富山市*4を比較検討して両市の差異をくっきりと浮き彫りにしているところにも感心した。
ただ、手放しで絶讃できないところもある。それは、この本の基本的な用語である「(日本型)スローシティ」に関していくつか不満があるからだ。
「スローシティ」については次のような説明*5がなされている。

スローシティ運動は、スローフード協会の年次集会が開かれた折、イタリア4つの小都市(ブラ、オルビエドポジターノ、グレーベ・イン・キアンティ)が、「スローフードの精神をまちづくりに適用しよう」と1999年に始めたものだ。対象都市は人口5万人以下、独自の食文化を有すること等があり、加盟後は「スローシティ憲章」に則ったまちづくりを自らに義務づける。
フランスにも、小都市による同じようなまちづくりが見られる。1982年設立の「フランスで最も美しい村」協会である。【略】
日本でも、「フランスで最も美しい村」協会に倣ったNPOが2005年に設立された。「日本で最も美しい村」連合である。【略】
本書の「スローシティ」と、イタリアの「スローシティ運動」を区別するため、本書タイトルは「日本版スローシティ」とした。「日本版スローシティ」は、スローフードを起源にイタリアで生まれたスローシティの精神は引き継ぎながら、スローシティ運動との違いを明確にするためであり、本書における「スローシティ」は特に注記がない限り、日本版スローシティのことである。スローシティとスローシティ運動との違いは次の2点である。

  1. 対象都市の規模: スローシティ運動への加盟は5万人以下を条件とする。一方、スローシティでは都市規模の制約を設けない。地方小都市を基本としながら、大都市のインナー部分も対象とするからである。
  2. 文化カテゴリー: スローシティ運動への加盟は地域独自の食文化を有することを条件とする。一方、スローシティでは地域固有性さえあれば文化ジャンルを限定しない。【略】

ところどころ端折りながら引用したので、補足のためいくつかのウェブページにリンクしておく*6

『日本版スローシティ』で提唱されている「日本版スローシティ」という概念を「日本版スローシティ」という言葉で表す*7のは混乱のもとではないかという気がする。上でイタリアのスローシティ運動との違いとして挙げられている2点は、この本で設定したローカルルールなのだから、「久繁版スローシティ」とでも呼んでおけばよかったのではないか。これを「日本版スローシティ」と称する慣習が広まってしまうと、イタリアのスローシティ運動を日本独自の事情に即してアレンジして活動しようとする人々*8が困ってしまうだろう。
いや、地域固有の食文化に拘らず、小さな「シティ」のみならず大きな「シティ」をも射程に入れた論述を行っているのだから、「スローシティ」という言葉に固執する必要すらなかったように思う。たとえば、「スローフード」という言葉を捩って「スロー風土」という言葉を用いたほうが適切だった*9だろう。実際、この本の中でも「スロー風土」という言葉は何度か用いられている。
もっとも、『日本型スローシティ』のキーワードが「スローシティ」ではなく「スロー風土」だったなら*10、このキーワードと対になる「ファストシティ」も「ファスト風土」になってしまうわけで、ちょっと具合が悪かったかもしれない。

ファスト風土化する日本―郊外化とその病理 (新書y)

ファスト風土化する日本―郊外化とその病理 (新書y)

実際には『日本版スローシティ』においては、「ファスト風土」という言葉は一度も用いられていないし、三浦展への明示的な言及は一切ない*11
ちなみに、『スロー風土の食卓から』という本もあるが、これが出たのは『日本版スローシティ』より後なので問題なし。
『日本版スローシティ』における「(日本版)スローシティ」には、字面以外にももうひとつ不満がある。それは、この本の後半の個別事例紹介であまり大きな役割を果たしていないように思われることだ。特に「第6章 スローシティ実現に向けて」の「2 コミュニティが運営する西欧型地域スポーツクラブを創ろう」など、スローシティとどのように話が繋がっているのかがよくわからない*12。またスローシティ実現のためのアイディアとして提起している「まち物語消費」と、どちらかといえば否定的に評価している「キャラクター消費」との違いが、著者が言うほど明確ではない*13のも、「スローシティ」というキーワードがうまく機能していないことが一因だと思われる。
「キャラクター消費」を例に挙げたついでにもうひとつ。この本の233ページから。

著者はアニメのキャラクター銅像が多数あることで著名な鳥取県の某「キャラクター商店街」を訪れたことがある。新聞等では年間約100万人がこの商店街を来訪すると報道されているとおり、多くの人が商店街を歩いていた。問題は消費者の層とその行動である。【略】全車両が観光目当ての消費者であり、買物目的の地元消費者は少なくとも車では来ていないことがわかる。【略】観光客達の行動と会話から察するに、どうやら温泉へ向かう途中の「ついでに立ち寄った」ようである。【略】観光客達も幼稚園児達も、商店街での滞在時間は2〜30分だった。
【略】
キャラクターで飾られたことで話題性を得た「キャラクター商店街」には、確かに多くの来訪者がいる。彼らは一過性の消費者として土産物を消費するので、土産物を扱う商店の売上は観光客数に比例する。しかし、一過性なので持続性に欠ける。そして、商店街には土産物を扱わない商店、つまり観光客相手では売上にはほとんど結びつかない商店が多数ある。これら商店は本来、地元市民が日常的な買物を目的に反復消費する場であり、その本来の姿を忘れると本来の消費者を失っていく。

このような批判はぜひとも大々的に行うべきだ。「某」などとぼかさずに、はっきりと名指しするのがいい。境港市水木しげるロードだと。
このほか、いくつか疑問点があるのだが、いちいち言挙げしても仕方がない。この本を買った目的は果たせたし、値段分以上の価値は十分にあったと思う。「まちづくり」に興味関心のある人には是非お薦めしたい1冊だ。まあ、1年以上前に出た本だから、読むべき人は既に読んでいるだろうけれど。

*1:『日本版スローシティ』118ページ。

*2:島根県大田市ではない。

*3:実際にある程度規制を行っているところもある。

*4:両市は第1回中心市街地活性化基本計画認定を同時に受けたことでも知られる。

*5:『日本版スローシティ』25ページから26ページ。

*6:『日本版スローシティ』で言及されているというわけではなく、今、適当に検索して見つけたページだ。

*7:この本での「日本版スローシティ」という言葉の用法が果たして特定の概念に対応しているのか、という疑問もあるのだが、そこまで話を広げるとややこしくなるのでやめておく。

*8:そういう動きが現にあるのかどうかは知らないが、当然予想されることではある。

*9:都市という単位を想起させる「シティ」を含まず、「フード」を「風土」に置き換えることにより食文化への拘りからも解放されるので。

*10:その場合は、この本のタイトル自体が別のものになっていただろう。

*11:というか、類似したテーマを扱った本は「類書」と一括するだけで、『ファスト風土化する日本』に限らず、個別の著書や論者への言及はほとんどないのが『日本版スローシティ』の特徴だ。著者が類書をかなり読み込んでいるのは確かなのだから、巻末にでも参考文献一覧を掲げてもらいたかった。

*12:この節では「スローシティ」という言葉が一度も用いられておらず、スポーツを活用した地域振興策を勧める独立した文章のように読める。もしかしたら、もともと単独の論文として書かれたものを収録したのかもしれないが、詳細は不明。

*13:たとえば『らき☆すた』の舞台探訪は「まち物語消費」と「キャラクター消費」のどちらに該当するのだろう?