動物園にゆるキャラはいらない

見出しは「ゆるキャラ/は/要らない」であり、「ゆるキャラ/入らない」ではありません。念のため。
さて、先ほどこんな記事を読んだ。

ゆるキャラを入場禁止にしている旭山動物園に対して北海道新聞が入場許可を求める記事を掲載した、という話だ。
言及されている北海道新聞の2つの記事のうち今年1月8日のものはインターネットでも読むことができる*1

旭川】マチの顔でも入園は駄目―。旭川随一の観光スポット・旭川市旭山動物園には、同市のシンボルキャラクター「あさっぴー」の出入りやグッズ販売を認めないという暗黙のルールがある。同園は「着ぐるみは動物を驚かし、擬人化した関連グッズの販売は園の方針にそぐわない」と説明するが、旭川をPRするため協力を望む声も出ている。

この記事には「旭川をPRするため協力を望む声」が誰から、または、どのような筋から出ているのか、という重要な点が書かれていない。そういう場合は記者本人か新聞社の主張を外部の「声」に仮託していることが多いので、これもその類いだと推定しておく*2
動物園は、博物館法上の理念はともかく、昔から動物を見せ物にして入園者に娯楽を提供する誘客施設だった。特に旭山動物園のような有名動物園は単に近隣住民への娯楽サービスの提供にとどまらず、広く全国、あるいは海外から集客する観光施設という性格ももっている。昨今では観光振興イコール地域振興という風潮が蔓延している*3ので、北海道を代表する一大観光地である旭山動物園をより「活用」したいという発想が出てくるのは自然なことだろう。
とはいえ、発想の自然さは、その発想の正当性を含意しない。はてなブックマーク - 旭山動物園、ゆるキャラ「出禁」の明確な理由 - おさんぽ - Jタウンネット 東京都のコメントの多くが旭山動物園の姿勢を支持するものとなっているが、全く同感だ。「コラボ」だの「タイアップ」だの「ハイブリッド」だの、なんでもかんでも組み合わせたりつなぎ合わせたりチャンポンにしたり皿うどんにしたりするのは、かえって物事の筋目や道理を曖昧にし、負の相乗効果をもたらすことがあるので賛成できない*4。あ、皿うどんは関係ないか。ごめん。
「全く同感」と書いてしまうと後が続かない。ついでだから「あさっぴー」について。
上で引用した北海道新聞の記事の次の段落ではこう書かれている。

あさっぴーは同園の人気者でもあるゴマフアザラシホッキョクグマを組み合わせ、衣装には旭川ラーメン大雪山系の山並み、旭橋などをあしらった「ゆるキャラ」で、2010年の公募で誕生した。市内外のイベントに参加して知名度は上昇中で、全国1580体のご当地キャラクターがそろった「ゆるキャラグランプリ2013」では国内37位、道内3位となった。

ゴマフアザラシホッキョクグマを組み合わせ」というだけで、そこはかとない狂気が漂ってくるような気がする。『少年アシベ』と『かってにシロクマ』を組み合わせたらどうなるかを想像していただきたい。厳密にいえば『かってにシロクマ』の主人公はホッキョクグマではなくエゾヒグマのアルビノだが、それはたいした問題ではない。要はアザラシとクマの異種交配を容認できるかどうか、これが主な論点だ。
いや待て、そもそもあさっぴーはアザラシとクマの交雑個体なのか? それは生物学的にあり得ないのではないか。
そこでさらに調べてみると、次のような記述が見つかった。

旭川のヒーローになりたい願いでホッキョクグマの姿に変身したゴマフアザラシ(どちらも旭山動物園で人気の動物)。不思議な力で空を飛ぶこともできる。

なるほど、これで納得だ。あさっぴーは交雑個体ではなく、純然たるゴマフアザラシが単に変身しているだけだったのだ。生物学は変身という現象を対象としていないので、「生物学的にあり得ない」という批判は回避できるだろう。
ついでにあさっぴーの部屋 / 旭川市経済観光部観光課もちょっと覗いてみたのだが……うげげ、この画像はみなかったことにしよう。
ところで旭山動物園旭川市旭山動物園条例に基づき設置された市立施設であり、市役所のしくみをみると、あさっぴーを所掌している観光課と並んで経済観光部に属しているようだから、観光ないし地域振興サイドからの圧力を受けやすい組織ではないかと思うのだが、毅然とした態度を貫けるのは凄いことだと感心する。
そういえば、現園長の坂東元氏が副園長だった2005年に、千葉市動物公園レッサーパンダ風太ブーム人気に異を唱えて物議を醸したことがある。

当時の事情を知らない人には風太の人気がピンとこないかもしれないが、こんな本が出たということで何となく察したつもりになってください。

すたんだっぷ風太くん!

すたんだっぷ風太くん!

その風太も寄る年波には勝てず、今はもう立たないそうだ。

【上月英興】美しい立ち姿で一躍有名になった千葉市動物公園レッサーパンダ風太(ふうた)が最近、あのころのように立たなくなった。あれから8年。孫も生まれた。風太、どうしたの?

【略】

風太は2003年7月に生まれた。背筋をぴんと伸ばし、後ろ脚ですっくと立つ姿が05年5月、朝日新聞で紹介されて人気者に。全国各地の動物園が「うちのレッサーパンダも立つ」と名乗りを上げたが、えさをねだる時だけだったり、ひざが曲がっていたり。10秒以上まっすぐ立つ風太は別格だった。

風太ブームの火付け役は朝日新聞だったのか……。
ついでにこんな文章も見つけたので紹介しておこう。

たしかに風太君の二足起立はマスコミを賑わせた。けれども、その後すぐに、他のレッサーパンダも二足起立できることが次々と報道されることになる。例えば、風太君の祖父、安佐動物公園のロンロンも二足起立する。つまり、風太君の二足起立は祖父譲りってわけだ。

風太君のニュースの後、全国のレッサーパンダが俺も二足起立できると名乗りを上げる。例えば、先生の記憶する限りでも、長野、長崎、福岡、横浜、釧路(ただし釧路の場合は3秒間だけ)というぐあいに日本各地からそのニュースは届けられた。

今では風太君はあまり立たなくなった。むしろ現在は妻のチィチィの方が立ち時間が長いという。息子のチイタ、クウタも立つらしい。今は山口県の徳山動物園にいる娘の風花の娘(すなわち風太君の孫)も立つ。

安佐動物公園のロンロンが死んだときには広島市がプレスリリースを出している。晩年まで立っていたそうだ。
ええと、何の話だったっけ。
そうそう、旭山動物園ゆるキャラ禁止だった。「動物が驚くから」という実際的な理由のほか、「動物を人間のように扱うこと」を拒否するという思想もあるだというが、これは賛否両論あるだろう。ただ、風太くんブーム批判の頃から一貫してぶれない態度をとり続けているというのは敬服に値する。
そういえば、動物を人間扱いするのは、フィクションの世界ではごく普通にみられることで、なかなか難しい問題だなぁ、と思ったところで、最後に1冊の絵本を紹介してこの駄文を締めくくる。

*1:もう一つの、昨年12月3日のコラムはネット上では発見できなかった。

*2:あくまでも「推定」であり、「みなし」ではないので、外部の「声」がある証拠があれば撤回する。

*3:そのような考え方は以前からあったが、公共事業や工場誘致で地域に雇傭をうむのが難しくなってきたので、観光関連産業のウエイトが高まっているのが現状だ。

*4:個人の感想です。『つながる図書館』の感想その他 - 一本足の蛸で書いたのと同じ発想。