Mein junges Leben hat ein End

やあ、今日はいい天気だ。暑過ぎもせず、寒過ぎもせず、空は快晴、風はそよ風、全くもって絶好のドライブ日和だ。そして、助手席には大好きなあの娘。友達以上恋人未満の関係が長く続いて不安だったけれど、思い切って告白してみれば頬を赤く染めて小声で「私も……」だって! ああ、最高だ。最高だよ。今日はぼくの人生でいちばん幸せな日だ。
カーステレオからは、よく知らない音楽が聞こえてくる。シャリンシャリンと鳴る変な楽器の音。「これは私の好きなスウェーリンクの音楽なの」と彼女。ビートルズよりも昔の人だろうか? よくわからない。でも、彼女が好きな音楽ならぼくも好きになろう。今度、近所のレンタル屋にすえーりんくのCDを探してみよう。
岬のドライブインに車を駐めて、崖の上に広がる草原に寝そべる乳牛を眺める。今は二人の間に言葉はいらない。心地よい沈黙、そして眠気を誘う音楽。
そこにひょっこりと、黒いコートを着込み、大きな黒いトランクを持った男が現れた。
「お二人とも幸せそうですね」
うん、ぼくは幸せだ。彼女もきっと同じだろう。でも、どうしてそれがわかるんだい? 超能力?
「いえいえ、お二人の顔を見ていれば、誰だって」
ああそうか。顔に出てるか。で、何の用?
「お二人の幸福を祝福して、いいものをプレゼントしましょう」と言って、男はトランクから栄養ドリンクみたいなものを取り出した。そもそもあんた誰?
「怪しい者ではありません。私は名乗るほどの者でもない、ただの通りすがりのセールスマン。季節はずれのコート姿もトレードマークの一つです。さて、取り出しましたのは『楽しい思い出をずっと忘れずに留める薬』と『楽しかった思い出をまるで昨日のことのように思い出す薬』です。どちらも飲みやすいドリンクタイプ。本当なら二本併せて56億7000万円のお値打ち品ですが、ただいま御愛飲キャンペーン期間中で、何とタダです」
無茶苦茶怪しい話なんですけど……。でも、何だか気になるな。隣の彼女は顔の前で軽く手を横に振っているけれど、ぼくは試しに飲んでみることにしよう。
「そうですか、それは有難うございます。では『楽しい思い出をずっと忘れずに留める薬』、略して『たのわす』をくぐいっと飲んでください。もう一本の『楽しかった思い出をまるで昨日のことのように思い出す薬』、通称『たのまる』のほうは大切に保管してください。なに、大丈夫です。賞味期限は125年ですし、冷蔵庫に入れる必要もありません。それにこの瓶は象が踏んでも壊れない特別仕様です」
男が差し出した二本の瓶をよく見ると、なるほど一方には「たのわす」、もう一方には「たのまる」とはっきり大きく書かれたラベルが貼ってある。いよいよもって胡散臭い。
「ささ、一気にどうぞ。男は度胸、女も度胸、坊主は読経と申します」
ぼくは「たのわす」のキャップを外し、中の液体をぐいっ、と飲んだ。
あれっ? これ、おいしいよ。甘酸っぱくて爽やかだ。
ちょうどそのほろ苦い液体を飲み干した時にそれまで流れていた「我が青春は過ぎ去り」が終わりスウェーリンクの別の変奏曲が始まった。原曲はダウランドの名曲「流れよ、わが涙」。手に持ったままの瓶に目をやるとそのラベルは変色しているが辛うじて「たのまる」という文字は見てとれる。あの男が言ったことは嘘じゃなかった。いや予想以上の効果だ。半世紀も前の思い出が昨日どころかまるでたった今の出来事のようにありありと思い出されたのだから。
ぼくの目から涙があふれ出したのはきっと音楽に感化されたせいだろう。