フェアかアンフェアか

きたろーの本格ミステリ雑感『五つの時計』の感想文を読むと、『五つの時計―鮎川哲也短編傑作集〈1〉 (創元推理文庫)』に収録された10篇のうち、次の3篇についてアンフェアだという嫌疑がかけられている。

  • 愛に朽ちなん
  • 二ノ宮心中
  • 急行出雲

きたろー氏がこれらの作品についてアンフェアだと考える理由は明白だ。いずれも一般読者が通常は知らない特殊知識が用いられているからだ。「二ノ宮心中」と「急行出雲」では鉄道に関する知識、「愛に朽ちなん」では……どういう領域の知識であるのかを書いてしまうとまずいので、ある種の道具に関する知識と言っておこう。
では、なぜ一般読者の知らない知識を用いるとアンフェアなのか? 読者が作中の探偵役と推理力を競い合うことができないからだ。いくら明敏な読者が頭脳を振り絞ろうとも解決に必要不可欠なデータが欠けているのだから、探偵役に先んじて事件の真相を見抜くことは不可能だ。だが、私見ではこれら3篇はアンフェアではない。なぜなら、3篇とも読者が作中の探偵役と推理力を競い合うことを意図したミステリではないからだ。
同じ作品集の中に「薔薇荘殺人事件」という犯人当て小説の傑作が含まれているので、上記3篇についてもゲーム型探偵小説のルールが適用されるものと勘違いしてしまうのはある意味では無理もないことと言えるが、同じ作者の書いたミステリだからといって常に同じルールに従っているというわけではもちろんない。また、鮎川哲也の場合、鬼貫警部ものと星影龍三ものではスタイルが全然違っているのは周知の事実なので、これら3篇に対するアンフェアの嫌疑は不当だ*1と考える。

*1:ただし、これらの作中で用いられた特殊知識がネタとして面白いかどうかは別問題だ。特に鉄道ネタは鉄道に関心のない読者にとってはさして興味を惹かれるものではないだろうから、その意味で「二ノ宮心中」や「急行出雲」が面白くないとすれば、それはそれで尊重すべき意見だと思われる。