無造作なランキング紹介は脳内一般化を誘う

この前の日曜日に、少し早起きをして*1生まれて初めて週刊ブックレビューを見た。桜庭一樹がゲストだったので見る気になったのだが、そのことは今日の話題とは関係がない。
番組を見ていて気になったのは、終わりのほうで変なベストセラーランキングが紹介されたことだった。紀伊國屋書店新宿本店調べの新書週間ベストテンなのだが、教養系新書の中にボーイズラブっぽい表紙の本が混じっていて、奇妙な印象を受けた。そのランキングは週刊ブックレビュー 2007年03月11日の放送内容にも掲載されているが、今見返してみても8位と9位が妙に浮いている。新書版という版型だけで選んで集計した結果だから、これはまあ仕方がないことなのだろうけど。
しばらくこのリストを眺めていると、テレビで見ていたときとは別の疑問が浮かんできた。それは、「なんで紀伊國屋書店新宿本店調べなのか?」ということだ。
よくは知らないが、紀伊國屋書店といえば日本有数の書店チェーンで、その本店なのだから、大勢の人が本を買っていくのだろうとは思うが、そうは言っても全国の書籍売り上げに比べてみれば、ごく一部に違いない。紀伊國屋書店新宿本店を贔屓にしている常連客向けに、店の壁か何かに掲示する分には構わないのだけど、全国放送のNHKでわざわざ一書店の書籍売り上げランキング*2を紹介する意味があるのだろうか? もし意味があるとすれば、このランキングがより広範囲の書籍売り上げの傾向を反映するものとして紹介している場合だろう。では、このランキングは何を反映しているのだろうか? 新宿界隈の書籍売り上げの傾向だろうか? あるいは、全国の書籍売り上げの傾向だろうか? それとも、北は紋別から南は彦島までの書籍売り上げの傾向だろうか? 番組の中では特に説明はなかったので、視聴者の判断に任せているということなのかもしれないが、判断するための補助データがないのだから何も判断できない。判断できないのだけれども、何となく記憶に残ってしまうのが始末に負えない。
「週刊ブックレビュー」を継続して見ていれば、何か判断材料があるかと思い、以前の放送分*3の記録を見ると、

//www.nhk.or.jp/book/review/review/20070304.html" title="週刊ブックレビュー 2007年03月04日の放送内容">週刊ブックレビュー 2007年03月04日の放送内容:単行本・文芸週間ベストテン/トーハン
//www.nhk.or.jp/book/review/review/20070225.html" title="週刊ブックレビュー 2007年02月25日の放送内容">週刊ブックレビュー 2007年02月25日の放送内容:「文庫本」週間ベストテン/リブロ池袋本店調べ
//www.nhk.or.jp/book/review/review/20070218.html" title="週刊ブックレビュー 2007年02月18日の放送内容">週刊ブックレビュー 2007年02月18日の放送内容:ヤングアダルト本文芸部門・月間ベストテン/ブックファースト渋谷店
//www.nhk.or.jp/book/review/review/20070211.html" title="週刊ブックレビュー 2007年02月11日の放送内容">週刊ブックレビュー 2007年02月11日の放送内容:日本語書籍・月間ベストテン/紀伊國屋書店ニューヨーク店
//www.nhk.or.jp/book/review/review/20070204.html" title="週刊ブックレビュー 2007年02月04日の放送内容">週刊ブックレビュー 2007年02月04日の放送内容:「単行本・文芸書」月間ベストテン/ジュンク堂池袋本店調べ
//www.nhk.or.jp/book/review/review/20070128.html" title="週刊ブックレビュー 2007年01月28日の放送内容">週刊ブックレビュー 2007年01月28日の放送内容:2006年 年間絵本ベストテン/名古屋・メルヘンハウス 調べ
//www.nhk.or.jp/book/review/review/20070121.html" title="週刊ブックレビュー 2007年01月21日の放送内容">週刊ブックレビュー 2007年01月21日の放送内容:総合 週間ベストテン/八重洲ブックセンター本店調べ
//www.nhk.or.jp/book/review/review/20070114.html" title="週刊ブックレビュー 2007年01月14日の放送内容">週刊ブックレビュー 2007年01月14日の放送内容:「単行本・文芸書」 2006年 年間ベストテン/紀伊国屋書店新宿本店

となっていて、集計した書店もジャンルも期間もばらばらだ。様々な切り口で本に関するランキングをお伝えしていきます。と書かれているから、それはそれでいいのかもしれないが、少し特殊な紀伊國屋書店ニューヨーク店の日本語書籍・月間ベストテン以外は、切り口の面白さはあまり感じられない。むしろ、「へぇ、こんな本をみんな読んでいるんだぁ」という感慨を導くために紹介しているように思われる。
これまで、この種のランキングについてあまり意識したことはなかった*4のだが、よく考えてみれば、

  1. 「○○調べ」の範囲だけのランキングそのものとしては、紹介しても大部分の読者や視聴者の興味を惹くものではなく、
  2. 読者や視聴者の興味を惹く、より広範囲の母集団の特徴を示唆するものとしては、○○の代表性の信頼度が定かではなく、
  3. さらに、紹介者が当該ランキングから示唆しようとしている母集団が何であるのかが不明である、

という特徴をもついかがわしいランキング紹介*5は「週刊ブックレビュー」に限らず、世の中至るところに転がっている。これらは概してゴミ情報なのだが、何となく漠然とした全体の空気みたいなものを不確かな形で描き出してしまい、脳内一般化*6を誘発するので、ただのゴミよりたちが悪い。具体的に何らかの実害がすぐに生じるというわけではないので見過ごされがちだが、警戒するにこしたことはないように思う。

補足

この文章では無造作なランキング紹介が引き起こす「脳内一般化」の問題に焦点を絞ったので、ランキングの正確さへの疑問は棚上げにしている*7。また、脳内であれ脳外であれ一般化されたものごとが個別の生を規定してしまうという、ランキングが抱える根本的な問題についても触れていない。後者については、まなざしの快楽 - ランキングという化け物を乗りこなすことができるのだろうかおよび、それを受けて書かれた愛・蔵太の少し調べて書く日記 - ランキングはつまらないけど、自分で選ぶほど暇じゃないので仕方ないが興味深いので、ぜひご一読を。

*1:用事のない日曜日はたいてい正午近くまで寝ている。

*2:このランキングの集計範囲や方法についての註釈がないため、ここではこのランキングが紀伊國屋書店新宿本店のみの集計結果だという前提で話を進める。もしこれが紀伊國屋書店全店のデータだとすれば話は少し違ってくるが、この文章の骨子には大きな影響はない。

*3:面倒なので、今年に入ってからの放送記録だけ。

*4:人気投票によるランキングへの疑問は以前から感じていたが、売り上げランキングという客観データには注意していなかった。

*5:誤解のないように言い添えておけば、紀伊國屋書店新宿本店のランキングそのものがいかがわしいと言っているわけではない。上述のとおり、紀伊國屋書店新宿本店に関心をもつ人にとっては、このランキングは非常に興味深いデータだろう。データそのものに罪はない。ここで批判を加えているのは、ランキングを無造作に紹介する姿勢のほうだ。

*6:たぶん、大方の人は「脳内一般化」という言葉を初めて見たことだろう。今思いついた言葉だからだ。

*7:たぶん、書店の売り上げデータには、大きな集計誤りが発生する恐れはない……のではないだろうか。