パズルとフェアプレイ

MYSCON8犯人当て企画「ザ・ラスト・トリック」始末書の「追記」を読んで気になった点があるので、ちょっと考えてみようと思う。今回は「ザ・ラスト・トリック」の内容には触れないので、未読の人も安心していただきたい。
まずは、「気になった点」を引用する。引用文中の【略】は、「ザ・ラスト・トリック」の内容に言及している箇所であり、一つ前の段落で「未読の人も安心していただきたい」と書いた手前そのまま引用することができなかった。

「弁護士とモデルが駆けっこをした。麓から丘の上まで往復した。上り坂は男性のほうが速いが、下り坂は若いモデルのほうが有利だ。勝ったのはどっち?」なんてパズルがありますが、これは答えをだせる(=フェアプレイが約束される)という条件が弁護士もしくはモデルの性別を決定してしまいます。

 なんというか、ある有限のテキストからはさまざまな可能世界(【略】)を解釈しうるはずなのに、フェアプレイが宣言された途端、その物語世界は一意に決定されてしまうわけです。

ここで「可能世界」という語が使われていることも釈然としないのだが、細かな言葉遣いに目くじらを立てても仕方がない*1ので見逃すとして、素朴な疑問を一つ提示しておきたい。
それは、「このパズル、破綻しているんじゃないの?」という疑問だ。
パズル一般に「フェアプレイ」という概念を適用可能かどうかはよくわからない*2が、仮に引用文中で紹介されているパズルにフェアプレイが約束されているとしよう。だが、そのことから言えるのは「その物語世界が一意に決定されてしまう」ではなくて「その物語世界が一意に決定されねばならない」ということに過ぎない。約束したからには履行せねばならない。しかし、履行せねばならないからといって本当に履行されるとは限らない。
弁護士とモデルが駆けっこをした。各人の性別は明らかにされていない。だから、弁護士が女性でモデルが男性だという可能性もある。もしそうだとすれば、男性モデルが勝ったということになる。めでたしめでたし。でも、もしそうじゃなかったとしたら?
「君の疑問は杞憂に過ぎない。背理法で示そう。このパズルの登場人物が男性弁護士と女性モデルだと仮定すれば、与えられた条件だけからではどちらが勝ったか判定できない。しかし、フェアプレイが約束されているのだから、どちらが勝ったか判定できるはずだ。よって、この仮定は誤りであり、女性弁護士と男性モデルだと結論づけることができる。Q.E.D.
いや、これはパズルの答えが出てはじめて言える「答えが出る」を前提にしてしまっている。今、問うているのは、まさにその「答えが出る」かどうかなのだから、これでは駄目だ。結論を先取りした、転倒した議論になってしまっている。
もしこの論法で件のパズルを擁護したいのであれば、パズルに修正を加えなければならない。たとえば「エヌ氏は親友の弁護士とその恋人の駆けっこについて二人の人から次の証言を得た。一人は『麓から丘までの上り坂では男性のほうが速かった』と言い、もう一人は『帰りの下り坂のみの所要時間でいえば、モデルのほうが勝っていた』と言った。それを聞くとエヌ氏にはどちらが勝ったのかがわかった。さて、勝ったのはどっち?」*3というふうに。つまり、「答えが出る」ということを根拠として答えを出すことを求めるパズルであるならば、「答えが出る」ということ自体をデータとして提示しなければならない、ということだ。さもければ、作者が約束したフェアプレイ*4が履行されなかった、つまりこのパズルには欠陥がある、というだけのことに過ぎない。
さて、以上の見解は「小説の形式で提示されたパズル」にどこまで適用できるのか、というさらなる問いへと議論を進めていくべきところだが、ここまで書いて気力も体力も限界に達したので今回はこれでおしまい。また、気力と体力以外に知力の限界にも達しているような気がする。あとは賢明なる読者諸氏に委ねたい。

*1:ただし、個人的希望をいえば、「可能世界」という言葉を使うのは可能世界について語るときだけにしてもらいたいものだ。

*2:パズルの中には純粋に頓知を試す、なぞなぞに類するものもある。そのような問題は単にこたえをひらめけば足りるのであって、論理的推論や余詰めの排除などは要求されない。たとえば「上は大水、下は大火事。これなーんだ」というなぞなぞに対して「問題文からお風呂というこたえを導出する手続きに飛躍がある」とか「海底火山の噴火という別解を退けるデータがない」とか指摘しても仕方がない。

*3:重箱の隅をほじくるような読み方をすれば、これでもまだこたえが一つに絞り切れていないといえるかもしれない。たとえば、二人の証言者が嘘をついていないということが保証されていないし、行きと帰りで同じ坂を走ったかどうかも定かではない。さらに、所要時間の短いほうを勝者とするのか、それとも所要時間の長いほうを勝者とするのかという勝利条件も明示されていない、といちゃもんをつけることもできるだろう。これらの批判に対して問題作成者はどこまで対応すべきなのか/対応することができるのかという問題は検討に値するが、それを論じるだけの用意は今のところない。ただ一ついえるのは、今例示した揚げ足取りは、このパズルのミソ、すなわち職業と性別の関連についての固定観念を利用してトリックを仕掛けるということとは直接関係していない。そこが、このパズルのオリジナルヴァージョンに対する批判とは違っている点である。

*4:本当にこのパズルでそんなものが約束されているのかどうかは疑問だが……。