傑作

キス・キス (異色作家短編集)

キス・キス (異色作家短編集)

この作品集には11篇の短篇が収録されているが、そのうち「女主人」と「天国への登り道」と「牧師のたのしみ」の3篇だけ読んだ。巻末の解説で阿刀田高がこの3篇を特に推賞していたからだ。
ダールの作品は、大昔に『あなたに似た人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 22-1))』を読んだことがある。「味」「おとなしい兇器」「南から来た男」は凄まじいほどの傑作だったが、それ以外の12篇はさほどではなく、中にはただ単につまらないだけの作品もいくつかあって、正直いって全篇読み通すのが苦痛だった。ダールは作品の出来不出来の差が甚だしいとよく言われるが、まさにその通りだと思った。
そこで、『キス・キス』は最初から最後まで通読するのではなく、最良の部分だけを掬い取って読むことにした。先に解説を読んであたりをつけて、まず「女主人」から。
怪しげな宿に引き込まれるように入っていく主人公。その宿の女主人は異様に愛想がよく、宿代は破格に安い。なのにほかに宿泊客はいない……。もうこれだけでオチは薄々見当がつく。いや、もしかしたら作者の罠にはまっているのかもしれない。そう思いながらページを繰ると、あっと驚く直前で鮮やかに小説は幕切れとなる。
続いて、3篇のうちでもっとも長い(と解説に書いてあった)「牧師のたのしみ」を読む。これは「女主人」ほど不穏ではなく、ユーモア色が強い。でもサスペンスに乏しいというわけではない。これも「オチはあれしかないだろうな」というところに落ち着くのだが、わかっていても興味がそがれることはない。読み終えた瞬間、「これはひどい!」と叫びたくなった。
最後は、ひとつ戻って「天国への登り道」だ。タイトルがタイトルなので、これもオチは丸わかり。ちなみに原題は「The Way Up to Heaven」だ。オチを暗示するタイトルをつけたのは、よほど作品の出来に自信があったからなのか。最初から最後まで緊張感みなぎる凄い小説だった。
1時間たらずで3篇を続けて読んだ。まさに至福のひとときだった。続けて他の作品も読もうかどうしようか迷ったが、結局ここで本を閉じた。一生のうちにそう何度も経験できない極上の喜びのあとで、それを薄めるようなことはしたくないからだ。もしかしたら、この3篇に匹敵する傑作がまだ残っているかもしれない。でも、今日はもうこれ以上読まなくていい。

追記

ここを読むと、ほかの作品も面白いのではないかという気になってきた。でも、「明快なオチのあるわかりやすい話しか理解できないっぽい」ので、面白さがわからないかもしれない。不安だから、やっぱり他の作品は読まないことにしよう。