ちょっぴり気まずい

キス・キス (異色作家短編集)

キス・キス (異色作家短編集)

昨日、3篇読んで本を閉じたのだが、一夜明けて「ビクスビイ夫人と大佐のコート」を読んだ。この本の中ではこれがいちばん面白いという秋山真琴氏の薦めによるものだ。
昨日も書いたが、これまでに読んだ3篇とも途中でオチがわかる話だった。作者の力量不足でネタが割れているというのでは全くなくて、結末の意外性を重視していないのだ。むしろ、結末に至るまでのサスペンスやしゃれた会話などに重点が置かれている。ラストの捻りは「オチ」というより「サゲ」と言ったほうがいいかもしれない。その意味で落語的ともいえる。
さて、「ビクスビイ夫人と大佐のコート」は昨日読んだ3篇にもまして落語的な構成になっている。「アメリカは、女性が恵まれている国である。すでに、女性は国富の約八十五パーセントを所有している。いずれは、全部所有するにいたるだろう。」という文章から始まり、2ページ近く皮肉と諧謔に満ちたマクラが続く。そして、「もしもあなたがそうした男性のひとりなら、また、前に聞いたことがなければ、この話をおもしろいと思われるかもしれない。『ビクスビイ夫人と大佐のコート』という話で、次のようなものだ。」と言い置いて、作者はおもむろにビクスビイ医師と夫人とその愛人の話を語り始めるのだ。この長い前置きで、このお話がどのような結末を迎えるかが予め予告されている。したがって、大部分の読者にとってオチはほぼ自明なものであり、驚天動地の結末など望むべくもない。むしろ、読者の関心はディテールと語り口に向けられることになる。
そのつもりで読めば、これは小気味で楽しい作品だ。「さあ、来たぞ来たぞ」と待ち受けて、「ああ、やったやった」とにやにやしながら見守り、きりりと引き締まった最後の一行で笑顔がこぼれる。もとい、笑みがこぼれる。いいお話だ。
でも、これって「水戸黄門」的な面白さだよなぁ、とも思う。
昨日読んだ3篇のうち「女主人」と「天国への昇り道」はちょっと殺伐とした話なので単純比較はできないのだが、「牧師のたのしみ」に比べてみると、少し勢いが弱いように思う。「ビクスビイ夫人と大佐のコート」のほうが最後の捻りがきいているので、その点では洗練されているのかもしれないが、この種の設定だとよくありがちな捻りだし、「牧師のたのしみ」で感じたような「ああ、なんてことをするんだ! これはひどい!」というような動揺*1に見合うような揺さぶりがなかったので、その分見劣りがするのだ。
もちろん、この差異は微妙なものだし、人それぞれの好みによって評価が左右されて当然なので、秋山氏のように「ビクスビイ夫人と大佐のコート」を最上とみなす見解に異議を唱えるつもりはない。秋山氏ほどには楽しめなかったのでちょっぴり気まずいことにはなったが、うすうす予感していたことだ*2。この件についてはお互い様だし、他の本で「安眠練炭が薦めているから面白いんだろうと思って読んだのだけど……もにょもにょ」という人もいるだろう。まあ、仕方ない。

*1:これはカーの『帽子収集狂事件』にも通じる。

*2:昨日の日記のコメント欄のやりとりを参照。なお、IターンとかターンAとかは関係ない。