逆都市化時代のコンサルタント

 今まで仕事や趣味、プライベートで、「コンサルタント会社社長」という方たちに何度か会ったことがある。企業経営関係の分野と都市計画の分野。この手の人たちは、

  • なんか自信たっぷりなんだけど、どこか胡散臭さを漂わせている人
  • 専門分野に対して純粋に思い入れているけど、役に立たなさそうな人

の2種類に分かれるんだな……というのが正直な感想。ドライさとウエットさがない交ぜになった微妙な感じがした。

 で、一番大切なのは、初心者に対する「はったり」。根拠があるのかないのかなんてどうでもいい。学者みたいな論理だった批判も、僕みたいな外野からの揶揄も不要。ただ、施策に迷っている人間に対し、「お前はこの道に進めばいい」と決めつけてくれるだけでイイ。ある種、占い師みたいな存在だよな……と思ったりもしたのだけど、それはまた別の話。

全然関係ないが、この人コンサルタント見習いだそうで、今は自信たっぷりでも思い入れたっぷりでもないけど、そのうちどっちかになってしまうんだろうか、と不安になった。
それはさておき、株式会社ライトレール阿部社長の発表論文等のページをみると、地方都市とTOD − 自動車へ過度に依存した交通体系からの脱却を目指して −【PDF】という論文が掲載されていた。もとは総合研究開発機構(NIRA)の『逆都市化時代の都市・地域政策』という本に掲載されたものらしい。

交通の発達の飽和と逆都市化との一致は、単なる偶然とは思えない。経済発展の停滞や少子化に伴う人口の減少見込みは、交通の発達の飽和が原因とは言えないだろうか。特に、地方都市の中心市街地衰退は、郊外部との相対比較の面が強いが、交通の発達の飽和どころかバスの利便性低下に見られる交通の退歩が原因と言えよう。

んー、単なる偶然のような気がするのだが……。さもなければ、逆都市化*1が原因で交通の発達の飽和/交通の退歩が結果なんでは?
まあ、この箇所は本のメインテーマに関連づけるための付け足しのようなもので、この論文の主旨ではないので、どうでもいいといえばどうでもいい。もっと大きな問題が別にある。たとえば、筆者は

交通事業者へ価格設定権を与えることにより資源配分が適正になされ、また自由競争を通して民間活力が発揮され、社会的に必要な設備投資とサービスの提供が低コストで実現されることが望ましい。

といい、

市場機構を活用して鉄道に対して民の自由な企業活動を認めれば、そのシェアは高まり、「自動車へ過度に依存した交通体系」からの脱却が進み、社会的に望ましい結果になると信じる。

と主張する。だが、この主張を裏打ちする定量的なデータがあるわけではない。この主張の背景には

自動車産業が大発展し、社会に利便性高く低価格な自動車が供給されるようになったのは、事業の成功者へ巨万の富を認めたことがその大きな理由である。鉄道事業の成功者にも巨万の富を認めれば、かつてのアメリカの鉄道王時代、あるいは日本の明治末期から戦前のように、鉄道は本来の能力を発揮できるようになろう。“民でできることは民に!”、“努力した者が報われる社会に!”というスローガンが各所で言われるが、そのためには努力した“民”が収益を上げられる社会的仕組みにすることが必須である。民間活力の源泉は収益である。

という発想があるのだが、これは素朴に過ぎる。アメリカの鉄道王時代はともあれ*2戦前の日本の鉄道の隆盛が自由競争の賜だとは思えない。当時鉄道がめざましく発達したのにはさまざまな要因があるが、一言でいえば「時代がよかった」ということに尽きるだろう。今の時代に規制緩和しても、時代が逆戻りして戦前と同じように鉄道が栄えるようになるとは、ちょっと考えにくい。
さすがに、筆者も自説が極論すぎると思ったのか、この後やや軌道修正する。

前項の提言は、理想解ではあっても現行の制度との乖離が大きく、社会的合意を容易に得られないだろう。特に、自動車へ負担を逃れている全費用を負担さすことは、関係者にとっては死活問題で大反対が起きようし、また短期間に理想状態へ移行させると大不況や大失業を出現させることとなり、社会的にも決して好ましくない。

そして「理想的状態の前段階の次善策」へと議論を進めるのだが……

大都市圏の鉄道各路線に対して、利潤最大化の価格設定権を与えたら、どうなるだろうか。例えば現行の運賃を2倍にしても利用者が半分に減ることはあり得ず、全体的に大幅に値上げされ、特に通勤・通学定期は需要の価格弾力性が小さいので、大幅に値上げされよう。鉄道事業者の収益性は大幅に向上し、サービス改善のための経費投入も若干は増えようが、利用者負担が大幅に増え、社会的に望ましい結果とは言えない。

この不都合は、現行制度との乖離のせいでもなく、筆者の提言に社会的合理が得られないせいでもない。要するに大都市の鉄道とはそういうものなのだ。だが、それを認めてしまっては、この論文の論旨が崩壊してしまう。破綻した「理想解」など持ち出さずに最初から「次善策」だけ提言しておけばいいのに。
で、その「次善策」だが、大都市圏での割増運賃は、筆者自身が例に挙げているようにJRの普通列車グリーン車など*3で実際に行われている*4。JRが山手線にグリーン車を導入しないのは、設備投資に見合うだけの収益が期待できないからだ。現行設備そのままで、ただ着席するだけで割増運賃を徴収するというのが筆者のアイディアなのだとすれば、「いったいどうやって?」と問いただしたい。「ITの活用」というような大ざっぱなプランではなく、実用に足りる着席課金方法があるのなら、それだけで一本論文が書けるだろう。
さて、大都市圏以外で独立採算が困難な路線についての「次善策」だが、それは概ね次のようにまとめられる。

  1. 交通弱者に交通バウチャー(クーポン券のようなもの?)を支給する。
  2. 鉄道事業者へ利潤最大化の価格設定権を与える(要するに大幅値上げ)。
  3. 上下分離方式など、実質上の公的補助を与える。

都会に住んでいる人は知らないかもしれないが、地方のローカル鉄道はびっくりするほど運賃が高い。それでも採算がとれずに苦しんでいる。そこで沿線自治体などが補助金を出して経営を支えているところがいくつもある。上下分離方式を採用しているところもある*5。交通バウチャーを支給しているという話は寡聞にして知らないが、交通弱者を対象に運賃補助している例はよく見かける。ということは、あまり新味のある提言になっていないのではないか。
もちろん、新味があろうがなかろうが、実行可能で効果があがる策であれば、それはそれで結構なのだが、世の中そんなに甘くはない。鉄道も赤字を抱えているが自治体も赤字を抱えている。近くに原発でもあれば話は別だが、ふつうの自治体はそうじゃぶじゃぶと鉄道に金をつぎ込むわけにはいかない。今、有望な財源といえば、道路特定財源なのだが……道路特定財源の鉄道への転用は「現行の制度との乖離が大きく、社会的合意を容易に得られない」しなぁ。
というわけで、今の日本の鉄道事業は八方ふさがりなのでありました。おしまい。

*1:「逆都市化」で検索すると、こんな資料【PPT】が見つかったので、閲覧できる環境の人はどうぞ。できない人はここを読めばある程度イメージが掴めると思う。

*2:外国のことはよく知らない。

*3:ほかには通勤ライナーなど。

*4:グリーン料金もライナー料金も「運賃」ではないが、そのような差異はこの文脈では重要なものではない。

*5:上下分離方式 - Wikipediaを参照のこと。