第5回ミステリーズ!新人賞受賞作と佳作の感想

今年のミステリーズ!新人賞は大当たりだ、という話を聞き込んで興味を惹かれたので、久しぶりにミステリを読む*1ことにした。
「大当たり」という言葉にはふたつの意味がある。

  1. 受賞作の梓崎優「砂漠を走る船の道」には、すれっからしのミステリマニアでも読んだことがないような前代未聞の奇抜なアイディアが用いられていて、しかもそのアイディアをもとに非常に巧みに小説が組み立てられている。
  2. 「砂漠を走る船の道」があまりにもよく出来ているので佳作に留まった市井豊「聴き屋の芸術学部祭」もよく書けていて、例年ならこれが受賞していてもおかしくはなかった。

複数の人の評言を適当に合成したのでややニュアンスが違っているかもしれないが、まあ大きな間違いはないだろう。
実際に読んでみると、なるほどみんな「大当たり」と言うだけのことはあると思った。ただ、個人的な好みからいえば、「砂漠を走る船の道」よりも「聴き屋の芸術学部祭」のほうが面白かった。以下、それぞれのネタを割らない程度に感想を述べることにする。
「砂漠を走る船の道」は砂漠を旅するキャラバンで起こる連続殺人を扱った作品だ。舞台設定がユニークだが、別に奇をてらっているわけではなく、開かれた閉鎖空間でなければ成立しないアイディアを実現するために、砂漠という場が選ばれている。同じアイディアを他の状況で使用するのは非常に困難だろう。アイディアそのものは一言で説明できるシンプルなものだが、それをひとつの作品に仕立て上げるのは大変なことだったに違いない。その意味では、砂漠を舞台にするという着想と決断こそが、この小説を傑作たらしめたいちばんの要因ではないかと思われる。
と書くと、「メインのアイディアのほうは評価しないのか?」と訊かれるかもしれない。確かにこれまで前例を見かけたことのない斬新なアイディアだし、それが明かされた瞬間にはひどく驚いたものだ。もちろんその価値を評価しないはずがない。ただ、これは全くの独断なのだが、ひとつのアイディアの評価が即小説そのものの評価となるのは概ね30枚程度までと考えている。それを超える長さの小説では、アイディアそのものよりもアイディアを活かすための仕組みの巧拙のほうに重きを置きたい。
上で、「砂漠を走る船の道」よりも「聴き屋の芸術学部祭」のほうが面白かったと書いたのは、今述べたような観点に基づく。
「聴き屋の芸術学部祭」には「砂漠を走る船の道」のような人目を惹く斬新なアイディアはないが、いくつかの小ネタが組み合わせられて、トリッキーで味わいのあるミステリに仕上がっている。常識的に考えると相当おかしな行動をとっている人物がいて、下手に書けば「人間が描けていない」とか「ストーリーのために人間性を歪めてしまっている」とか、そういった類の下らない非難が浴びせかけられそうなのだが、その人物がまさにそのような人物であることが予め示されているため非難は当たらない。
その他、あまり詳しく説明できないが、細かな伏線や仕掛けがいくつもあって、舞台となっている芸術学部祭の雰囲気と相まって、非常に賑やかで祝祭的な作品となっている。
さて、もしかしたら勘のいい人には気づかれてしまうかもしれないので、「砂漠を走る船の道」と「聴き屋の芸術学部祭」のどちらがどちらなのかは伏せておくが、一方を読み終えたときに『獄門島』を、もう一方を読み終えたときには『ハローサマー、グッドバイ』を連想したことを申し添えておこう。興味のある人は読み比べてみるといいかもしれない。
余談だが、「砂漠を走る船の道」と「聴き屋の芸術学部祭」の2作を読んだ余勢で、今年の鮎川哲也賞受賞作である七河迦南七つの海を照らす星』も読んだ。特に感想文を書く予定はないが、いちおう読了報告のみ。

*1:ミステリ風味のライトノベルならいくつか読んだ気もするが、そうでないミステリなどここ数ヶ月全く読んでいなかったような気がする。