第2話で気になった変なところ

未プレイの人への配慮のためぼかして書くが、「うみねこ」第2話には、第1話の登場人物のほか、もう1人重要なキャラクターが登場する。笑うと「ラーメン発見伝」の芹沢達也そっくりの顔になるので、そのキャラクターのことをここでは仮に「芹沢サン」と呼ぶことにしよう。
ある場面で芹沢サン推理小説に出てくる密室を小馬鹿にしたような発言をする。それに対して右代宮戦人は次のように応える。

「ひゅうッ!! 言うじゃねぇかよ、推理マニアは怖ぇぞ?! クリスティが墓の下で歯軋りしてるぜ!」

この台詞を読んだ瞬間に「あぁ、駄目だぜ、全然駄目だ」*1と思った。
「えっ、これのどこが駄目なの?」と不思議に思った人には逆に訊きたい。「あなたは密室殺人を扱ったクリスティの小説のタイトルを挙げられますか?」と*2。要するに、この場面でクリスティを引き合いに出すのが全然駄目*3なのだ。同じシーンを奈須きのこが書いたら、きっとジョン・ディクスン・カーの名前を挙げていただろう。
うみねこ」とミステリの関係については、こんな意見がある。

ひぐらし」のころの竜騎士さんは、「ミステリー」についてあまり深く考えたことのない素人でした。でも今回の彼は、「ミステリー」と戦うための理論武装とも言うべき素養を色々と身に着けてきたように見受けられます。このことは、「うみねこ」の様々な部分から感じることができました。

【略】

数年前の"活字を読もうとすると頭が痛くなる"という発言が謙遜でないのなら、竜騎士さんは「うみねこ」を書くに当たって今初めてかなり本気で「ミステリー」というジャンルについて勉強したことになります。「うみねこ」の凄味は、金田一耕助の映画を二、三本見齧った程度で表現できるものではないように思えます。まさに「詰めるべきところを詰めてきた」という感じなのです。

ひぐらし」は序盤で投げてしまったので、そこでミステリ的モチーフがどのように扱われたのかは知らない。だから、「ひぐらし」との比較で「うみねこ」について語る言葉については異議を差し挟むつもりはない。しかし、「ひぐらし」との比較を抜きにしていえば、「うみねこ」の作者はさほどミステリについての素養があるようには見受けられない。もしかしたら金田一耕助の映画を二、三本見囓ったことはあるかもしれないが、おそらく推理小説はほとんど読み込んでいないのではないか。ミステリのガジェットを作中に持ち込むのに過去の名作ミステリを読む必要はないし、適切なガイドブックがあれば十戒でも二十則でも自由に肴に出来る。しかし、そのような付け焼き刃の知識だけでハッタリをかますと、上のクリスティの例のように簡単にボロが出る。まあ、第1話でも無意味な視点の切り替えが多用されていたので既にメッキは剥がれていた*4のだが。まともなミステリでは決してそのような無造作な書き方はしないものだし、技巧に長けたミステリ作家ならステロイド*5を書く場合でも決してそんなヘマはしないものだ。
第2話プレイ開始時には、もう「うみねこ」をまともなミステリだとは思っていなかったし、ミステロイドとしてもあまり出来がよくないと考えていたので、あまりそういう読み方はしないでおこうと思っていたのだが、それでもたとえば楼座が真里亞の手提げから封筒を取り出した瞬間にバレバレな密室トリックを暴く手続きを延々と記述するセンスの悪さには頭を抱えたくなった。どうせ捨てネタみたいなもなんだから、もっとサクッと流せばよかったのに……。
閑話休題
今回の見出しに掲げた「変なところ」は、戦人と芹沢サンのぐだぐだな問答に関わる。もしかしたら、第3話以降で「変なところ」が解消されているかもしれないので、あまり得々と語ると恥をかくおそれもあるが、その時はその時、こちらの値踏みを上回る作者の知的たくらみの前に膝を屈しても惜しくはない。今は「どうせ、なーんにも考えてないんでしょ」という見くびりとともに指摘しておくことにしよう。その「変なところ」とは……

警告
ここから先は「うみねこ」未プレイの人が読むのはあまり適切ではありません。そのような方はお引き取りください。

……まっ白な嘘*6だろうが、真っ赤な真実だろうが、芹沢サンの言葉を聞いている戦人には区別がつかないはずだ、ということ。これは、ミステリがどうとかミステロイドがこうとか、そういったレベルの問題ではなく、単純におかしな事だと思う。
もちろん、これは「変なこと」ではあっても「つじつまがあわないこと」ではない。フィクションなんだから、無理をすればたいていのことは理屈づけできる。いちいち「実は、戦人と芹沢サンの会話はかくかくしかじかの方法を用いて行われていて……」などと救済案を述べることはしない。それは「うみねこ」ファンの方々にお任せしよう。
で、戦人にはまっ白な嘘と真っ赤な真実の区別がつくのだ、と仮定しよう。だが、区別できるのはほんのひとときだけだ。過去を振り返ってみれば、そこにはクリーム色のモノクロームの世界*7が広がっているだけなのだから。これでは、まるでポーンで直前の駒を取って1マス前進させておきながら棋譜上では斜め前の駒を取ったことになるようなもので、ゲームとして全く成立しないではないか。
……少しきつい言い方になってしまった。
最後に、「うみねこ」の「変なところ」ではなく「いいところ」を2つ挙げておくことにする。
「いいところ」その1は音楽だ。
音楽はノベルゲーム*8とだの小説を分ける最大の要素*9であり、その出来の善し悪しが、ノベルゲームがノベルゲームという形式で存在する意義を左右する。その意味では、「うみねこ」の音楽は非常に素晴らしいものだと思う。
いくつかの曲は単独で聴いても楽しいだろうが、それよりもゲームの雰囲気を盛り上げる効果のほうを評価したい。特に印象に残ったのは、10月4日の夜、日付が変わるときに次々と現れる登場人物たちの立ち絵の背後に流れる曲だ。この曲は単独で聴いてもあまり面白くはないのではないかと思うが、不穏な雰囲気を掻き立てて翌朝の惨劇を予兆するのに極めて役立っている。
もうひとつ、「うみねこ」の音楽で感心したのは、リピートするときの継ぎ目の不自然さが少ないということだ。同じ背景音楽でもゲーム音楽は映画音楽などと異なり、演奏時間が予め決まっていないという特徴を持つ。プレイヤーによって一つの場面にかける時間が違うのだからリピートを前提とした設計になっていなければならないのだ。こんなことは当たり前のことだが、案外、ゲーム音楽でもふつうの音楽と同じように曲の最後の締めをきちっと作っている場合が多く、そんな曲をリピートするとき、一瞬ぎくしゃくした印象を受けることがある。「うみねこ」の音楽はどの曲もその点への配慮が行き届いているように思う。
「いいところ」その2はグロ描写。ただし、こっちについてはあまり詳しく語りたくない。実はスプラッタとかホラーとかが無茶苦茶苦手で、思い出すだけでぞっとするからだ。特に1箇所だけ挙げるとすれば、礼拝堂のシーン。ブラッドベリもびっくり*10と言っておこう。
長々と書いてしまった。こんな文章を書く羽目になったのは、昨年のハロウィンの夜に「魔王14歳の下僕」と称する人に『ハローサマー、グッドバイ』を薦めてしまったせいだ*11。ああ、あのとき『火刑法廷』を薦めておけば……。

追記(2009/0/19)

ブクマでクリスティの密室ものとして『雲をつかむ死』が挙げられていた。実は、「うみねこ」プレイ中には『ポアロのクリスマス』より先に『雲をつかむ死』*12を連想したのだが、『雲をつかむ死』の密室状況はいくつかの条件が重なって成立したもので、単純明快な「密閉された部屋」ではない*13ため、よりスタンダードな密室状況を扱った『ポアロのクリスマス』に言及した。ちなみに密室系不可能犯罪作品リスト(海外編)−試用版−にはクリスティの作品は5タイトル掲載されている。

*1:これは戦人の言葉を引っ張ってきたのであり、文字通りの意味で「うみねこ」にいいところが皆無だと主張しているわけではない。戦人がこの言葉を口に出すときの独特なニュアンスを想起してください。

*2:もちろん、ミステリマニアなら『ポアロのクリスマス』くらいは読んでいるだろう。だが、そんなマニアは「どこが駄目なの?」などという愚問を発したりはしまい。

*3:たぶん、この文脈で引き合いに出すのに最も適した人物はロバート・エイディだろうと思うが、残念ながら彼は1986年当時には生存していた(その後亡くなったという話も聞かないので)から「墓の下で歯軋り」することはないのだけれど。

*4:無用な視点の転換が好ましくないのはミステリに限ったことではない。従って、「うみねこ」の作者は一般的な小説作法にも不慣れなことがわかる。

*5:ミステリに偽装した疑似ミステリのこと。

*6:フレドリック・ブラウンに敬意を表し、「真っ白な嘘」ではなく「まっ白な嘘」と表記した。「真っ赤な嘘」と並べると統一がとれていないがご了承願いたい。

*7:時々、赤になったり白になったりすることはあるが、単色であることに違いはない。

*8:サウンドノベル」「ビジュアルノベル」などいろいろな言い方があるが、特定のシリーズやメーカーを想起させることを避けるため、ここでは「ノベルゲーム」という表現で統一する。なお、「うみねこ」のように、選択肢を選ぶという操作がなく、実質的にはゲーム性が皆無であっても、便宜上ノベルゲームに含めることにした。

*9:紙の本にも口絵や挿絵はあるが、音の出る本というのは極めて特殊な仕掛け本に限られる。音楽よりグラフィックの比重のほうが大きいという人もいるかもしれないが、ここではゲーム内の重要度を問題にしているわけではない。

*10:ある特定の作品を念頭に置いているが、タイトルを書くのは控えておく。ここを見たところでは、まだ日本では個人作品集に収録されていないようだ。

*11:このあたりを参照してください。

*12:ただし、創元版の『大空の死』のほう。読んだのがそっちだったので。

*13:事件現場の飛行機全体を巨大な「密室」に見立てることは可能だが、その中には被害者以外にも人がいるので、ミステリ用語としての「密室」には当たらない。