「大阪で生まれた女」と「パッヘルベルのカノン」によるクオドリベット

数ヶ月前のこと、とある軽食店でパニーニを食べているときに不思議な音楽を耳にした。出だしは「パッヘルベルのカノン」のようだが、しばらく経つと女声が入り、「大阪で生まれた女」を歌いだす。その間も伴奏は依然として「カノン」を奏で続けているように聞こえる。そんな音楽だった。
たぶんラジオの音楽番組を流しているのだろうと思ったが、演奏が終わっても特に楽曲の紹介などなく、結局何がなんだかわからないままだった。ただ、歌を歌っている声は坂本冬美のようだったので調べてみると、『Love Songs 〜また君に恋してる〜』というアルバムに「大阪で生まれた女」が収録されていることがわかった。

Love Songs~また君に恋してる~

Love Songs~また君に恋してる~

その後、仕事が忙しくてすっかり忘れていたのだが、昨日久しぶりに少し余裕ができたので近所のレコード店を覗いてみると、演歌コーナーに『Love Songs 〜また君に恋してる〜』が置いてあった。「また君に恋してる」は演歌じゃないだろう、と思ったが、演歌歌手が歌っているのだから仕方がないのかもしれない。
ともあれ、早速「大阪に生まれた女」を聴いてみると、やはり伴奏は「パッヘルベルのカノン」だった。もっとも、まったく原曲そのままというわけではなくて、歌の邪魔をしないようにかなり控えめにアレンジはされている。それにしても見事な編曲だ。
パッヘルベルのカノン」はさまざまな形で引用され変形されて用いられている。カノン (パッヘルベル) - Wikipediaの「他の曲に編曲されたり他の曲で使用されたりした例」を見ると、山下達郎の「クリスマス・イブ」を筆頭にずらり総計61曲のタイトルが並べられている。ただ、この中に「カノン」を伴奏にして既成の楽曲を上乗せした例があるのかどうかまではわからない。
2つ以上の既成のメロディを同時に演奏するように作られた音楽のことをクオドリベット(Quodlibet)と言う。クオドリベットでは主に流行歌を題材に用いる。音楽史上もっとも有名なクオドリベットはバッハのゴルトベルト変奏曲の第30変奏だが、残念ながらそこで用いられているメロディは現代の日本人にとってあまりなじみのあるものではないため、原曲をうまく調和するようにアレンジして組み合わせる技巧を聞き取ることは難しい。それに対して、「大阪で生まれた女」も「パッヘルベルのカノン」も現代の日本ではよく知られた曲だけに、一度でも聴けば忘れられない印象を残すことになる。
『Love Songs 〜また君に恋してる〜』のライナーノートには残念ながらクオドリベットの技法についての解説はないが、編曲者が萩田光雄という人だということはわかった。ふだん好んで聴くジャンルの音楽ではないため、この人のことは全く知らなかったのだが、その筋ではかなりの有名人のようだ。

覚えておくことにしよう。