捏造と探究は紙一重

丸太町ルヴォワール (講談社文庫)

丸太町ルヴォワール (講談社文庫)

この本の元版が出版されたのは2009年のこと。当時、一部で話題になっていたと記憶しているが、自分も読んでみようとは思わなかった。それにはいろいろな理由があるのだが、一言でいえば、件の箱入りレーベルが好きではなかったからだ。
昨年、『虚構推理 鋼人七瀬』が出版された折、先行する類似作品としてこの『丸太町ルヴォワール』に言及する人が複数いて、それで興味をそそられはしたのだが、やはり手を伸ばすことはなかった。それにはいろいろな理由が、一言でいえば、件の箱入りレーベルが好きではなかったからだ。
で、このたび文庫化されたのを機会にようやく読んでみることにした。
一気読みした。
これは面白い!
饒舌調の台詞の登場人物の掛け合いから始まるが、それが単なるページ数稼ぎの冗長な戯言ではなく、随所に伏線が張られている。そして、「双龍会」と称する私設法廷での丁々発止、虚々実々の駆け引きの中で、隠された真実が徐々に露になっていく……かと思えば、証拠の捏造やら偽の証言やらで、事態がどんどん錯綜していく。
隠蔽と暴露が交錯する絶妙なスピード感がいい。
これは予想を上回る良作だった。
ついつい勢いに飲まれて読んでしまったので、作者の企みのすべてに気づいたわけではない。また、「ここには何かがある」と思いはしても、それがどういう意味合いをもつのかがわからない、という箇所もあった。たとえば、冒頭近くでさりげなく言及される「河原町祇園」という人名。これには確か元ネタがあったはずだが、思い出せない。あれ、何だったかなぁ?
まあ、それはさておき。
事前に得ていた断片的な情報から、この小説はふつうのミステリとは違って、真相の解明を目的とはしていないと思い込んで読んでいた。しかし、確かに真相の解明のためだけにロジックが駆使されているわけではないのだが、全体を通してみると、事件の真相を推理によって探究する小説であることに違いはない。それらしい偽の解決をでっち上げて提示することが何度となく行われるという点では『虚構推理』に似ていなくはないが、あっちは真相解明が全く問題にならない――最初から全部わかっているのだから――というアバンギャルドな構図になっているのに対し、『丸太町ルヴォワール』のほうは正統的なミステリの系譜に位置づけることが可能だ。従って、両者は全く別物とみるほうが妥当だろう。どれくらい「別物」かといえば、たとえばマグリットデルヴォーくらいの違いはあるだろう。あるいはモンテヴェルディとジェズアルドくらいの違いが*1
全く別物なのだから、どちらが上でどちらが下だと言っても仕方がないのだが、『虚構推理』が今年の本格ミステリ大賞を受賞したことを考えると、『丸太町ルヴォワール』にもそれなりの栄誉が与えられてしかるべきだったのではないかと思うのだがどうだろう?
『丸太町ルヴォワール』に続いて、『烏丸ルヴォワール』が出版されているので、こちらも楽しみだ。早く文庫化してくれないだろうか。いや、別に文庫に拘りがあるわけではないので、ノベルスでも構わない。とにかく、件の箱入りレーベルでさえなければ……。

*1:あえてどちらをどちらに喩えているのかは書かない。一目瞭然でしょ?