本当はミステリっぽいグリム童話

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1)

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1)

岩波文庫版『完訳 グリム童話集』全5巻を買ったのは何年前のことだったか。5年くらい前のことにも思われるし、もしかしたら10年以上前のことだったかもしれない。今となっては記憶が曖昧だ。ただ、本文には全く手を付けずに積ん読状態となっていることだけははっきりと覚えている。確かに読んだと断言できるのは、5巻のあとがきと、あとがきの後の1ページのみ。特に最後の1ページは決して忘れることができない。
ともあれ、そういった次第だから、グリム童話についてはよく知られた何篇かの粗筋を知っている程度であり、本書のタイトルを見てもグリム童話に由来するものだとは気づかなかった。作中239ページから251ページにかけて語られる、どろぼうの名人に関するメルヘンを読んで非常に感銘を受け、参考文献に『完訳 グリム童話』が挙げられていたので、もしかするとグリム童話の再話ではないかと思って書店で確認してみると、果たして5巻に収録されている「どろぼうの名人」であった。なお、書店で確認したのは、手持ちの本がミカン箱の山に埋もれていて発掘するのが困難だったからだ。
どろぼうの名人」は一人の天才的な泥棒が領主が出した三つの難題に応じて、盗むのが困難なものを見事に盗んでみせるというお話だ。もちろん、昔話のことだから、厳密な不可能問題として提示されているわけではないし、解法も現代では通用しにくいものではあるが、ミステリという文芸ジャンルが成立するずっと前に、このような怪盗ものが既にあったということだけでも評価に値するだろう。ホックの怪盗ニックシリーズが好きな人に特にお薦めの1篇だ。
どろぼうの名人」を知ることができたということだけで、『どろぼうの名人*1を買った甲斐があったというものだ。もちろん、『どろぼうの名人』はわずか13ページ足らずの「どろぼうの名人」のみから成り立っているわけではなく、ほかにもいろいろなことが書かれてはいる。他の箇所も単なる埋め草ではない*2と思うが、率直にいえばあまりよくわからなかった。

*1:タイトルが同じなので紛らわしいが、二重括弧で括ったほうは、ガガガ文庫から出ている中里十の『どろぼうの名人』という作品を指すものとする。

*2:この判断は、中里一日記: 埋め草で示された埋め草に関する見解に従うものである。