当たり前が当たり前でない――『食戦記』のセンス・オブ・ワンダー

食戦記 1 (アクションコミックス)

食戦記 1 (アクションコミックス)

一昨日、『食戦記』の感想文(というか、ほとんど感想なしの紹介文)を書いたらその日のコメント欄V林田氏から次のようなコメントが寄せられた。

お久しぶりです。そして、SF界ではもはや会うたびに「食戦記ごっこ」が行なわれる状態であり、今年のSF界流行語大賞は「かけうどんというものです!」で決まりであろうとさえ言われております。

そ、そうだったのか!
V林田氏が言及している「かけうどんというものです!」という台詞は『食戦記』1巻178ページに出てくるものだが、なるほどこのマンガを象徴する一言だと思われる。かけうどん*1という、現代日本人にとってはごく当たり前の料理を、別の文脈に置くことで、何か見知らぬものに触れたかのような奇妙な感覚に囚われる。この感覚を「センス・オブ・ワンダー」と言っていいものかどうか、SFにさほど通じているわけではないので断言はできないのだが、一方ではこれがセンス・オブ・ワンダーでないとすれば「センス・オブ・ワンダー」の名に値するような感覚など存在しないだろうとも思う。
ところで、これと同種の感覚を遥か昔に体験したことがある。すぐには思い出せず、もどかしい思いをしながら記憶の糸を手繰って、ようやくたどり着いた先がこれだった。

この本*2に収録されている「もの」*3というショートショートが、ある意味で非常に『食戦記』のかけうどんの件によく似ている。
もっとも、「もの」に出てくるもののほうは小説のオチになっており、最後の台詞でその正体が明かされることによって意外性を生むという効果があるので、うどんを作る過程をすべて絵で見せてしまう『食戦記』とは演出方法が異なる。従って、同工異曲とかネタのパクリというわけではないということを断っておく必要があるだろう。しばらく前に物議を醸した「生活維持省」と『イキガミ』の類似のような事例とは全く違う。
さて、『食戦記』にはもう一箇所きわめて印象的なシーンがある。それは1巻93ページ最上段に描かれたある図柄なのだが、「このシーンでこれを使うとは!」と感心してしまった。これから『食戦記』を読む人はぜひ注目していただきたい。

*1:関西では「すうどん」だが、最近はあまりこの言葉が使われなくなった。悲しいことだ。

*2:これは昨年復刊された版だが、実際に読んだのは同じ集英社文庫の1982年版のほう。

*3:これは非常に好きな小説で、以前、お粗末ながらパロディを書いたこともある。