『地を駆ける虹』は異世界ファンタジー版『ボトルネック』だ!

地を駆ける虹 (MF文庫J)

地を駆ける虹 (MF文庫J)

地を駆ける虹2 (MF文庫J)

地を駆ける虹2 (MF文庫J)

地を駆ける虹3 (MF文庫J)

地を駆ける虹3 (MF文庫J)

日々大量の新刊が雨後の筍の如く刊行されるライトノベル。過去の作品の中にも面白い小説が数多くあるのはわかっているけれど、目の前の新刊を読むのにかまけて昔の作品に目を向ける余裕がなかなかない。これではいけない……ということは全然ない。書店で平積みされている本を適当に買ってきて楽しいひとときを過ごせることができれば、それで何も問題はない。ラノベは学問ではなく、ただの暇つぶしなのだから。
とはいえ、常に誰もがそのように割り切って考えることができるというわけではない。かの極楽トンボ氏がMouRaの連載記事「ライトノベルが読みたいっ」の最終回で『魂のラノベ!』と題して、前世紀の作品を含むオールタイムベストを掲げてみせた*1のは記憶に新しい。
極楽トンボ氏の域には及びもつかぬが、最近の作品ばかりではなく、少し前に出たものも読んでみようという思いは以前からあり、このたび上に掲げた『地を駆ける虹』3部作(?)を読んでみた*2。今この作品の感想文をアップしたところでどうなるのかとも思ったが、もしかしたらこの感想文を読んで「ん、『地を駆ける虹』ってのはもしかすると面白いのか? じゃあ、機会があれば読んでみよう」と思う人が1人か2人くらいはいるかもしれない、と思い直した。多少とも人目を惹くためにやや煽りっぽい見出しをつけたことをご容赦願いたい。
では、早速始めます。
ついさっき「やや煽りっぽい見出し」と書いたばかりだが、『地を駆ける虹』が『ボトルネック』とよく似ているのは紛れもない事実だ。特に主人公の自己中心的軟弱いじけっぷり*3がそっくりだ。もしかすると、七位連一は『ボトルネック』に触発されて『地を駆ける虹』を書いたのかも。
ボトルネック

ボトルネック

……と思ったが、よく考えるとこの仮説はかなり弱い。というのは、『ボトルネック』が刊行されたのは2006年8月末のことだが、一方『地を駆ける虹』は同年7月から9月の間に第3回MF文庫Jライトノベル新人賞に応募されている。『ボトルネック』を発売直後に読んですぐに『地を駆ける虹』を書き始めて1ヶ月で書き上げて投稿した、という可能性を完全に否定することはできないが、それはかなり無理のある考えだ。また、構想中あるいは執筆中の『地を駆ける虹』に『ボトルネック』が影響を与え、主人公の性格をあんなふうにしてしまったというのも考えづらい。なぜなら、『地を駆ける虹』の主人公ネイブのキャラクター設定はこの小説のプロットと密接に関連しているのだから。
そういうわけで、『地を駆ける虹』が『ボトルネック』の影響下で成立したという仮説は放棄することにした*4
さて、話が前後したが、ここで未読の人のために『地を駆ける虹』の内容を紹介しておこう。ただし、あらすじを簡潔にまとめるのは大の苦手なので、適当に箇条書きすることでお茶を濁す

  • 『地を駆ける虹』はいわゆる「異世界ファンタジー」であり、よくありがちな中世ヨーロッパ風の世界を舞台とした「剣と魔法の物語」だ。
  • 「剣と魔法の物語」の「魔法」の部分は、作中では「エレメント」と称される。エレメントの『卵』が孵化すると、人は特殊能力を身につけることができるという設定で、1巻ではその『卵』の孵化が核となって物語が展開する。
  • 「よくありがち」な設定でありながら、『地を駆ける虹』を他の同種の作品から隔てるのは、近年のラノベではあまり見られない鬱展開だ。その結果、主人公ネイブのキャラクターと相まって、一部の読者が激烈な拒否反応を示すことになった*5
    • もっとも、巻を重ねるごとに鬱要素は少なくなり、また1巻ではダメダメだったネイブも少しずつ大人になってゆく。一般読者にとって受け入れやすくなった一方で、このシリーズの独自色が薄れていくことにもなった。
  • 1巻の最後のほうでネイブには行動の目標が与えられる。2巻と3巻はその目標の前で足踏みをしている状態が描かれる。3巻の終わりで、ネイブは目標の実現に向けた第一歩を踏み出すことになる。
    • 第一歩を踏み出しただけで、まだまだ目標の実現までの道のりは遠いので、『地を駆ける虹』は形式的にみれば未完の作品と言える。
    • 一方、ネイブの癖のあるキャラクターを『地を駆ける虹』の原動力とみれば、3巻ではほぼ動力源を使い切っており、そこで終わるべくして終わったとみることもできる。
  • かくして硬質な異世界ファンタジーは店じまいして、魔改造へ!

なんだか全然内容紹介になっていないよう。
未読の人に作品の魅力を伝えるのはやっぱり難しい。困ったときには極楽トンボ氏に頼るのがいちばん*6。というわけで、地を駆ける虹 | まいじゃー推進委員会!にリンク。
もうちょっとだけ好き放題書いておこう。
『地を駆ける虹』は七位連一のデビュー作であり、特に1巻は文章に生硬なところが見られるが、全般的にはしっかりと書けており危なげがない。これは一場面一視点という原則に忠実で、誰の心理を描写しているのかわからないという混乱がないから*7だろう。
構成面でも堅実で、きっちりと伏線も張っている。ミステリの謎解きのための伏線のようにトリッキーなものではないため、地味ではあるのだが。
一方、キャラクターの魅力はさほど重視していないように見受けられる。主人公からして読者の感情移入が難しいし、その他のキャラクターも必要があれば簡単に物語から退場させてしまうので、キャラクターを中心に小説を読む読者にとってはかなり抵抗があることだろう。もちろん、萌え要素などかけらもない。
物語構成上の都合によりキャラクターを配置し、エピソードを構築するという小説づくりの基本が大きく揺らぎ、キャラクターとキャラクター相互の関連性から紡ぎ出される物語が好まれる昨今では、『地を駆ける虹』のようなタイプの小説は傍流に甘んじるしかない。ましてや厭なキャラクターや不快なエピソードを忌避する読者の多いライトノベル界においておや。
しかし、ライトノベル界の動向は一様ではないし、ライトノベル読者の好みも必ずしも一定の方向を向いているわけでもない。また当然のことながら、ひとりひとりの読者の内面においても、さまざまな物語への欲求が渦巻いているはずだ。そのことを自覚しているかどうかはさておき。
この感想文を読んで『地を駆ける虹』に興味を抱いた人はもちろんのこと、「んー、自分には楽しめなさそうだ」と思った人も1巻だけでも手にとってみる*8ことをお薦めしたい。自らの嗜好について新たな発見があるかもしれないから。今ならまだネット書店には在庫があるし、大きな書店なら店頭に並んでいるかもしれない。
今がチャンスだ!

*1:トンボの温故知新@MouRa - 一本足の蛸で言及した。その註釈のいちばん最後で「別の話題への伏線」と書いたが、今書いている記事がまさにその「別の話題」です。伏線を回収できてよかった!

*2:『丸鍋ねこ改造計画(仮)』の謎 - 一本足の蛸で書いているのと理由が違うじゃないか、とツッコミを入れる向きもあるかと思うが、別に読書の理由はひとつでなければならないと決まったものでもないだろう。

*3:一言でいえば「中二病」。

*4:もっとも、七位連一が米澤穂信ファンであるらしいということはかなりの確度を持って推測することができる。ここでは作家論に踏み込むつもりはないので詳述を避けるが、興味のある人は各自探究されたし。

*5:いちいちリンクはしないが、検索すればネガティヴな感想文を簡単に見つけることができる。

*6:この文章の最初のほうで極楽トンボ氏に言及したのは、このためだったわけです。

*7:ほかにも理由があるかもしれないが、分析できなかった。

*8:いきなり2巻や3巻から読むことはお薦めできない。