アライグマは「狂犬、奔馬の類等」

神戸の喫茶店にアライグマが乱入して、警察署員がその身柄を「確保」したという記事が神戸新聞に出ていた。

10日午後8時ごろ、神戸・三宮の路上にアライグマがいると、生田署に通報があった。アライグマはその後、同市中央区北長狭通1の喫茶店「珈琲の青山 三宮西口店」に入り込み、レジ台の下に隠れていたが、同署員13人が駆け付けて約1時間半後に確保。当時、店内に客はいたが、けが人はいなかった。

同署によると、アライグマは体長約50センチ。店舗正面入り口左側のレジ台の下にいた。かまれる危険があり、同署員が毛布を手に巻いて引っ張り出そうとしたが、奥に身を潜め難航。その後、ひもをくくりつけた棒で引きずり出し、ごみ箱をかぶせて確保したという。

茶店周辺には人だかりができ、確保した際には拍手が起きたという。

今年、同署が確保したアライグマは3匹目。

アライグマの問題は過去に何度か取り上げたことがある。

まだ世間一般ではアライグマの脅威についての認識が十分に浸透しているとは言いがたいが、政令指定都市中心市街地で事件を起こすほどだから、そろそろ国を挙げて対策を行うべきではないかという気がする。
それはさておき。
上の記事を読んで「いったいこのアライグマをどうやって合法的に『確保』したのだろう?」と不思議に思って少し調べてみた。なんで、これが不思議なことかといえば、野生化したアライグマは鳥獣保護法*1上の「鳥獣」として保護されており、同法第8条の規定により原則として捕獲が禁止されているからだ。
ただし、同条但し書きで、アライグマが捕獲できる条件が3つ規定されている。

一  次条第一項の許可を受けてその許可に係る捕獲等又は採取等をするとき。

二  第十一条第一項の規定により狩猟鳥獣の捕獲等をするとき。

三  第十三条第一項の規定により同項に規定する鳥獣又は鳥類の卵の捕獲等又は採取等をするとき。

詳しい説明をすると長くなるので端折るが、事件が起きたのは5月10日で狩猟期間外なので第11条第1項の規定により捕獲することはできず、また、アライグマは第13条第1項に規定する鳥獣には含まれていないので、もし鳥獣保護法の規定に基づいてアライグマを捕獲しようとするなら、第9条第1項の許可を受けてしなければならない。
鳥獣捕獲許可権者は原則として都道府県知事だが、兵庫県では知事の権限に属する事務に係る事務処理の特例に関する条例本則の表67の部(1)の規定により、被害の防止の目的でするアライグマの捕獲許可は各市町の事務とされているので、神戸市内であれば神戸市長が許可権者となる。申請窓口は神戸市産業振興局農政計画課農政計画係だそうだが、さすがに午後8時に窓口は開いていないだろうから、鳥獣保護法の捕獲許可を受けてアライグマの捕獲をしたとは考えにくい。
神戸市:アライグマ被害対策についてを見ると、神戸市は外来生物*2に基づき「神戸市アライグマ防除実施計画」を策定していることがわかる*3外来生物法第18条第4項で準用される同法第12条の規定により、アライグマ防除実施計画に基づいてアライグマを捕獲する場合には鳥獣保護法の捕獲許可を受ける必要がない。つまり、無許可で捕獲しても法律違反にはならないということだ。ただ、生田署員が神戸市アライグマ防除実施計画に基づき捕獲登録されているとは考えづらい*4
だが、鳥獣保護法外来生物法の手続きによらなくても、警察官なら使えるとっておきのツールがある。それが警察官職務執行法だ。その第4条第1項に曰く、

警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受ける虞のある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる。

アライグマは獰猛かつ粗暴、人身や財産に多大な被害を与える危険な動物だから、当然、「狂犬、奔馬の類等」のうちに含まると考えていいだろう。警察官職務執行法といえば「デートもできない警職法」というフレーズを思い起こし顔をしかめる人もいるだろうが、アライグマ対策のためには非常に有効だといえる。
ところで、警察官職務執行法をもって対抗しなければならないほど手ごわいアライグマをこともあろうかシンボルキャラクターとして採用している銀行があることをご存知だろうか。それは長崎県十八銀行だ。

時代を越えて、幅広い年齢層の人々から愛される「あらいぐまラスカル」。

十八銀行は長崎のリーディングバンクとして、より地域の皆様に親しまれる存在となるために、1996年より「あらいぐまラスカル」をシンボルキャラクターとして採用しました。

通帳やキャッシュカードなどのデザインに展開し、お客さまよりご好評をいただいております。

長崎県農林部農政課が作成したアライグマ対策の手引き【PDF】によれば、1997年に飼育個体の逃亡と捕獲事例が報告されているそうで、十八銀行が「あらいぐまラスカル」をシンボルキャラクターに採用した1996年当時には将来アライグマが警察沙汰を惹き起こすことになることなど予想できなかったのだろう。
だが、時代は変わった。神戸のまちなかで起こったことが長崎では起こらないとは誰が言えよう。もし、十八銀行にアライグマが乱入して客に怪我をさせたり、持ち物を傷つけたりしたなら、銀行に落ち度がなくてもイメージダウンは避けられないだろう。さて、どうする?
……あれ、なんでこんな話になったのだろう???

*1:鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律のこと。

*2:特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律のこと。

*3:いま閲覧したら、この計画の期間は「平成23年3月31日まで」となっていた。たぶん期間更新の手続きは行っていると思うが、ちょっと心配だ。

*4:捕獲従事者になるための条件が結構面倒なので、たぶん警察署員は登録していないだろうと思ったが、なかには捕獲従事者になっている人もいるかもしれない。