心頭滅却すれば、たかが省令如き遵守するに値せず

静岡県三島市は、市役所の室温が30度に達するまで冷房を使用しないことを決めた。

【略】

豊岡市長は「心頭滅却すれば火もまた涼しというが、職員には我慢してもらうしかない」と話していた。

追記(2011/05/29)

本文を書いたときには外出前で時間に余裕がなかったため、引用文とリンクだけにしたが、これは不親切な書き方なのでもう少し補足する。
見出しの「省令」とは事務所衛生基準規則(昭和47年労働省令第47号)のこと。その第5条第3号で次のように定められている*1

事業者は、空気調和設備を設けている場合は、室の気温が十七度以上二十八度以下及び相対湿度が四十パーセント以上七十パーセント以下になるように努めなければならない。

「努めなければならない」という書き方をしているので、「努力したけどできませんでした」という言い訳の余地がある。見え透いた言い訳だとしても、誰がどれだけ努力したか、などということは外からは窺い知れないのがふつうだから、この条項に違反していると客観的に判断できる事例はかなり稀だと思われる。
しかし、讀賣新聞の記事の内容が正しいとすれば、三島市では市長本人が記者会見の場で対外的に「室温が27度以下になるように事業者として努力しない」旨を公言していることになる。市長定例記者会見のページにはまだアップされていないので今はまだ真偽を確認することはできないが、もし市の公式サイトにも同内容の発言が掲載されたなら確定情報とみて差し支えないだろう。その場合、市長は厚生労働省令に定められた努力義務に従わないことを宣言したことになる。
これはかなりまずいことのように思われる。実際、はてなブックマーク - 心頭滅却、室温30度まで冷房使わない三島市 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)では何人もの人が違法性を指摘している。ただ、具体的に何がどうまずいのかは必ずしも明確ではないように思う。
事務所衛生基準規則の制定文をみると

労働安全衛生法 (昭和四十七年法律第五十七号)の規定に基づき、及び同法 を実施するため、事務所衛生基準規則を次のように定める。

と漠然と書かれているが、個々の条文には労働安全衛生法への言及がないため、どの条項が法のどの規定に基づくもので、どの条項が法を実施するためのもの*2かがよくわからない。そこで、労働安全衛生法をみると、

第二十三条  事業者は、労働者を就業させる建設物その他の作業場について、通路、床面、階段等の保全並びに換気、採光、照明、保温、防湿、休養、避難及び清潔に必要な措置その他労働者の健康、風紀及び生命の保持のため必要な措置を講じなければならない。

【略】

第二十七条  第二十条から第二十五条まで及び第二十五条の二第一項の規定により事業者が講ずべき措置及び前条の規定により労働者が守らなければならない事項は、厚生労働省令で定める。

と書かれているから、これが事務所衛生基準規則の根拠になっているのだろうと推測できるが、もしそうだとすれば、室温30度以上にならないと冷房を使わないというのは労働安全衛生法第23条違反となり、同法第119条により「六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」ことになるのだが……このあたりになってくると、自分でもどうも自信がない。この問題について真面目に考えてみたい人は、労働法の専門家に問い合わせてみてください。
ところで、地方公務員法第58条第5項の規定により、地方公共団体における労働安全衛生法に係る監督は、一部の例外を除き、労働基準監督署ではなく人事委員会が行うことになっているが、三島市には人事委員会がないので市長が監督権をもつことになるようだ。なんだか、自分の襟首を自分でつかんで自分の身体を持ち上げるような話だ。

*1:これは心頭滅却すれば - 一本足の蛸でも引用したが、いちおう再掲しておく。

*2:前者は「委任命令」、後者は「執行命令」と呼ばれる。行政立法 - Wikipediaの「委任命令・執行命令」の項を参照のこと。