統計を作成するには時間がかかる、全国規模の悉皆調査ならなおさらだ

船瀬俊介氏「日本の平均寿命統計は捏造である。実際の平均寿命はせいぜい50〜60歳程度」 - NATROMの日記経由で26年連続で日本は世界一長寿国家の虚構 医猟詐欺犯罪を暴く! - YouTubeを視聴してみた。「医猟」という表現は初めてみた。単なる誤記なのか、それともわざとやっているのだろうか?
それはともかく。

日本の26年連続で世界一長寿は後出しジャンケンの大嘘です。コンピューターが発達した時代に前年の平均寿命をなぜ次の年の7月に遅らせて発表するかわかりますか。計算に­7ヶ月もかかりますか?

他の国の発表を待って後出しジャンケンで1位だったという発表をするためです。だから日本が発表するときに世界一の長寿記録が確定するわけです。他の国の発表が残っていれ­ば暫定の一位にしかなりません。

【略】

大日本帝国時代並みに馬鹿な国民をいいことに、今年も7月頃に27年連続の世界一長寿国更新のプロパガンダニュースを流す予定でしょう。

この動画は2012年6月に公開されているので、ここでいう「今年」とは2012年のこと。そこで、厚生労働省の報道発表資料を見てみると、2012年7月26日に平成23年簡易生命表の概況が発表されている。
生命表」というのは一般にはあまり馴染みのない言葉だと思われるので、厚生労働省の説明を引用しておこう。

生命表は、ある期間における死亡状況(年齢別死亡率)が今後変化しないと仮定したときに、各年齢の者が1年以内に死亡する確率や平均してあと何年生きられるかという期待値などを死亡率や平均余命などの指標(生命関数)によって表したものである。特に、0歳の平均余命である「平均寿命」は、死亡状況を集約したものとなっており、保健福祉水準を総合的に示す指標として広く活用されている。

厚生労働省が作成している全国単位の生命表は「完全生命表」と「簡易生命表」の2種類があり、前者は国勢調査のデータをベースとしているので5年ごと、後者は毎年作成されているそうだ。
毎年作成されている簡易生命表の作成方法は次のとおり。

推計人口による日本人人口、人口動態統計(概数)をもとに、死亡率を除いて完全生命表とほぼ同様の方法により毎年作成している。

ここでいう「推計人口」が総務省統計局の人口推計を指しているのか、それとも厚生労働省で独自に人口を推計しているのかはわからないが、少なくとも、生命表が人口動態統計に依存する二次統計であることは確かだ。
で、人口動態統計の公表状況をみると、2012年6月5日に平成23年人口動態統計月報年計(概数)の概況が公表されている。
6月上旬に公表された調査統計の結果をもとに作成した加工統計の公表が7月下旬になるというのは遅いのか早いのか考え方が分かれるだろうが、それよりも前年の調査結果の公表が半年後ということのほうが、より疑問に感じられる人のほうが多いだろう。なんでこんなに時間がかかるのか?

市区町村長は、出生・死亡・死産・婚姻・離婚の届出を受けたときは、その届書等に基づいて人口動態調査票を作成し、これを保健所の管轄区域によって当該保健所長に送付する。

保健所長は、市区町村長から提出された調査票を取りまとめ、毎月、都道府県知事に送付する。

この場合、保健所を設置する市の保健所長は、当該市の市長を経由する。

都道府県知事は、保健所長から提出された調査票の内容を審査し、厚生労働大臣に送付する。

なんだか凄い調査系統だ。
現在、福島県矢祭町以外のすべての市区町村が住基ネットに接続しているが、人口動態調査では住基ネットを経由して集計作業を行っていない。それはまあ、過去の経緯などを考えればわからないでもない*1のだけど、この調査系統の複雑さはいったい何なのだろう? 保健所設置市*2だと、市長から保健所長を経由して市長へ戻ってくることになっている!
というわけで、人口動態調査及び人口動態統計についてはいろいろと驚きと疑問があるのだが、それはともかく生命表の公表が遅い理由の大半は基礎となるデータの集計に時間がかかるからだということがこれでわかった。
「人口動態調査に住基ネットを活用しないのは、生命表の公表時期が遅いのを誤魔化すためだ。厚生労働省の陰謀だ!」という主張ができないものか、いま考え中。やー、陰謀論は楽しいな〜。

追記

人口動態調査が住基ネットを使わない理由について本文では「過去の経緯」を挙げたが、よく考えてみれば住民基本台帳には死産に関するデータはないので、人口動態調査のかわりに住基ネットを使って人口動態統計を作成することはできない*3。もっとも、生命表を作成するのに死産に関するデータは必要ないはずだから、住基ネットの情報だけで足りるのではないかと思うのだが、どうでしょう?
ところで、死産届の制度は昭和二十一年厚生省令第四十二号(死産の届出に関する規程)で定められている。これは「厚生省令」とされているが、実は現行法制度では法律の扱いになっている。これは、いわゆる「ポツダム命令」のひとつだ。法制執務コラム集「法律番号が付されていない法律」を参照のこと。
人口動態調査に話を戻す。
保健所設置市の場合、市長から保健所長を経由して市長へ戻ってくるという不思議な調査系統になっていることを不思議に思って本文でも言及したのだが、その後、人口動態調査令*4を参照すると、次のような規定があってさらに驚いた。

第六条  この政令では、市町村長には、東京都及び地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項の指定都市の区の区長を含む。

本文で人口動態調査 調査の概要|厚生労働省から引用した時には「市区町村長」を「市長+町長+村長+東京都23区の区長」と思って読んでいたのだが、それに加えて政令指定都市の区長を含んでいるとは思いもよらなかった。
調査系統の詳細は人口動態調査令施行細則で次のとおり規定されている。

第二条  市町村長は、人口動態調査票を作成したときは、遅滞なくこれに人口動態調査票市町村送付票(以下「市町村送付票」という。)を添え、保健所の所管区域によつて、当該保健所長に送付しなければならない。

第三条  保健所長は、毎月、市町村長から送付された人口動態調査票のうち、前月中の出生、死亡及び死産であつてその月の十四日までに届出があつたものに係る分(前々月以前の出生、死亡及び死産であつて前月の十五日からその月の十四日までの間に届出があつたものに係る分を含む。)並びに前月中に届出があつた婚姻及び離婚に係る分をとりまとめ、これに人口動態調査票保健所送付票(以下「保健所送付票」という。)を添えて、その月の二十五日までに都道府県知事に送付しなければならない。ただし、保健所を設置する市の保健所にあつては、市長を経由しなければならない。

【略】

第十四条  都の区のある区域においては、この省令中「市町村」とあり、及び「保健所を設置する市」とあるのは「特別区」と、「市町村長」とあり、及び「市長」とあるのは「区長」と読み替えるものとする。

○2  地方自治法 (昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項 の指定都市においては、この省令中「市町村」とあるのは「区」と、「市町村長」とあるのは「区長」と読み替えるものとする。

第2条の「市町村長」は政令指定都市では「区長」と読み替えられるので、人口動態調査票を作成するのは市長ではなく区長の仕事となる。一方、第3条の「市長」はそのままなので、保健所からは区長ではなく市長を経由して知事に提出されることになる。従って、いったん市長から保健所長へ送られたデータがもう一度市長のもとへ戻ってくるという事態は政令指定都市では発生しないことになる。ただし、中核市など区のない保健所設置市の場合には、やはり市長から保健所長を経由して市長に戻ってくるというブーメランのような状況になっている。
ただし、上の引用文では【略】とした箇所には、非常にわかりにくい書き方だが、調査票などをインターネットを使って提出できるという規定が書かれている。この方法だと、最初に人口動態調査票を作成した段階でデータは厚生労働省のサーバーに到達しているので、ブーメラン現象は生じない。
調べてみると、いろいろと興味深いことがわかるものだ。陰謀論を繰り広げるよりも、こっちのほうが楽しいな〜。

*1:住民基本台帳ネットワークシステム - Wikipedia参照。

*2:保健所政令市 - Wikipedia参照。

*3:本文もそうだが、この文章は「人口動態調査」と「人口動態統計」を区別して用いている。

*4:なんと勅令だ!