もし図書館の貸出履歴が個人情報でないとすれば

武雄市長物語 : 図書館貸出情報の扱い、ご安心ください!によれば、特定の個人を識別できない情報は個人情報ではないそうだ。それは、「個人情報」という語の一般的な意味というよりは、個人情報の保護に関する法律で定義された限りの「個人情報」の話で、「法令上の」というような限定句*1なしに、どんな本を借りたかが個人情報ではないと言ってしまうと、高木浩光@自宅の日記 - 武雄市長、会見で怒り露に「なんでこれが個人情報なんだ!」と吐き捨てで言われているように「斬新」と評されても仕方がない*2のではないか。
それはさておき。

では、論点の図書館の貸出履歴が、個人情報に当たるかというと、ちょっと具体的に言うと、「樋渡啓祐が「深夜特急」「下町ロケット」「善の研究」を5月6日に借りた。」この情報が外部に出るとこれは個人情報の関係法令の適用に当たる、これは当然。

僕が言っているのは、「5月6日20時40分、42歳の市内在住の男性が、「深夜特急」「下町ロケット」「善の研究」」を借りた。」ということそのものについては、個人が特定できないし、仮にこれが外部に出ても法令に照らし、全く問題がない、これが僕の見解であり、図書館の貸出履歴は、これをもとに、個人情報に当たらないって言っているんです。個人が特定できない。その中で、この情報はとっても貴重で、図書館の本の品揃え(武雄市立図書館は市民から成る選書委員がいます。)に当てたり、リコメンド(本を借りる人に、別の本の推薦)にあてたいって思っています。

ここでも用語のずれが生じている。単に「図書館の貸出履歴」という表現を見聞きしたときには、「いつ誰が何を借りたのかという記録」というふうに解するのが自然だろう。というのは、図書館が本を貸し出すときには当然「誰が」の部分が含まれた情報を保有しているはずだからだ。単に「貸出履歴は個人情報には当たらない」と主張するのを見聞きしたとき、そこで言われる「貸出履歴」が一次データではなくて、そこから「誰が」の部分を抜いた加工データだと解釈するのは、常人には無理ではないだろうか?
なお、いま引用した箇所で例に挙げられている情報では「誰が」の部分が完全に除去されてはいない。「42歳の市内在住の男性」という情報が含まれている。もし、この情報が「他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなる」という条件を満たしていれば、それはやはり「法令上の」個人情報に該当するのではないか、という疑問も当然沸き起こってくるところだが、その疑問はスルーしてここでは「図書館の貸出履歴は(法令上の)個人情報ではない」という前提を採用することにしよう。
さて、どうなるか?
この前提から直接導き出されるのは、図書館の貸出履歴は個人情報保護法制度により保護されないということだ。もちろん、武雄市個人情報保護条例の適用も受けない。

今回の提携におけるいろんな情報の扱いに関しては、今までの市立図書館の情報の扱いを参考にしながら、別途、これは利用者にとって大切な点なので、武雄市議会での議論の一方で、武雄市立図書館が管理する個人に関する情報の問題である以上、武雄市個人情報保護条例第27条に基づく個人情報保護審議会で議論してもらいます。

ではこの発言はどう解釈すべきだろうか?
貸出履歴は「個人に関する情報」ではあっても、(法令上の)「個人情報」ではないのだから、ここで言われている「今回の提携におけるいろんな情報」にも含まれない、と解釈すべきか? 形式的にはそのような解釈も可能かもしれないが、かなり無理のある解釈だ。個人の持論としては「(法令上の)個人情報ではない」と思ってはいても、疑義を呈する向きもあることだからいちおう個人情報保護審議会で議論してもらうつもりだ、という譲歩の意思表示とみるほうが自然だろう。
だが、今は議論の見通しをよくするため、「図書館の貸出履歴は(法令上の)個人情報ではない」という前提に固執することにしよう。この場合、個人情報保護審議会での議論は不要であり、実施機関は貸出履歴を自由に保有し、利用したり他者に提供したりできるということになる。
……おっと、先走った。「実施機関」の説明をしておかなければ。

第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。

【略】

(2) 実施機関 市長、議会、教育委員会選挙管理委員会、監査委員、農業委員会、固定資産評価審査委員会及び公営企業管理者をいう。

武雄市図書館は市長所管ではない - 一本足の蛸での考察が正しければ教育委員会が、武雄市図書館は市長所管ではない……かどうか不安になってきた - 一本足の蛸で提示した想像によれば市長が、武雄市図書館・歴史資料館保有する情報について実施機関である。
新図書館構想では、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)が指定管理者として予定されているが、CCCは当然のことながら実施機関ではない。また、武雄市個人情報保護条例には指定管理者が保有する情報について特段の定めがない。

第12条 実施機関は、個人情報取扱事務の全部又は一部を実施機関以外のものに委託しようとするときは、委託に関する契約書等に個人情報の漏えい、滅失、き損、改ざんその他の事故の防止に関する事項並びに契約に違反したときの契約解除及び損害賠償に関する事項等を明記するなど、個人情報の保護のために必要な措置を講じなければならない。

2 前項の委託を受けた事務に従事している者又は従事していた者は、その事務に関して知り得た個人情報を漏らしてはならない。

いちおう、こういう規定があるにはあるのだが、指定管理は委託ではないので武雄市個人情報保護条例第12条はCCCには適用されない。ちなみに、佐賀県個人情報保護条例にも同じ第12条に類似の規定があるので紹介しておこう。

第十二条 実施機関は、個人情報を取り扱う事務を実施機関以外のものに委託しようとするときは、委託契約において、委託を受けたものが講ずべき個人情報の保護のために必要な措置を明らかにしなければならない。

2 実施機関から個人情報を取り扱う事務の委託を受けたものは、個人情報の漏えい、滅失又はき損の防止その他の個人情報の適正な管理のために必要な措置を講じなければならない。

3 前項の委託を受けた事務に従事している者又は従事していた者は、当該事務に関して知り得た個人情報をみだりに他人に知らせ、又は不当な目的に使用してはならない。

4 前三項の規定は、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百四十四条の二第三項の規定に基づき、公の施設の管理を行わせようとする場合について準用する。

第4項で言及されている地方自治法第244条の2第3項というのは指定管理者についての規定だ。
こうやって県条例と見比べてみると、武雄市個人情報保護条例には、指定管理者制度に対応していないという大きなセキュリティホールがあることがよくわかるのだが、今は図書館の貸出履歴は(法令上の)個人情報ではない」という前提で話を進めているので、これもスルーすることにしよう。
(法令上)個人情報ではない情報は個人情報保護条例で保護されない。では、その種の情報はどうとでもできるのかといえば、そういうわけではない。武雄市には武雄市情報公開条例がある。誰でも図書館の貸出履歴の開示請求ができるし、請求されたら開示しなければならない!

第7条 実施機関は、開示請求があったときは、開示請求に係る公文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該公文書を開示しなければならない。

【略】

(2) 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

【略】

図書館の貸出履歴から不開示情報である「誰が」の部分を除いた情報、たとえば、「5月6日20時40分、42歳の市内在住の男性が、「深夜特急」「下町ロケット」「善の研究」」を借りた。」というような情報は開示請求があったときに開示を拒むことができない……と、これは先走った。
ここでも「実施機関」という言葉が出てくる。定義は武雄市個人情報保護条例と同じだ。指定管理者は含まれていない。従って、仮にCCCが指定管理者となった場合、同業他社から開示請求があっても開示する必要はない。
ついでなので、佐賀県情報公開条例も見ておこう。

第二十五条 地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百四十四条の二第三項の規定により指定管理者として公の施設の管理を行う法人等は、その管理する公の施設の管理に係る情報の公開に努めるものとする。

2 実施機関は、前項に定める法人等に対し、その管理する公の施設の管理に係る情報の公開が推進されるよう必要な指導に努めるものとする。

佐賀県の条例でも、指定管理者には情報開示義務はなく情報公開について努力義務が課せられているだけだが、武雄市の条例には努力義務規定すら設けられていない。
今回はテーマを絞り込んで議論の見通しをよくしようと思っていたのだが、これまでで最も錯綜した議論になってしまった。反省しています。

*1:法令データ提供システムで「個人情報」という語を含む法令を検索してみると、必ずしも特定の個人を識別することができるものに明示的に限定していない場合もある。たとえば消費者庁及び消費者委員会設置法をみると、第4条第23号では個人情報の保護に関する法律に言及して「個人情報」という語を用いているが、第6条第2項第1号ハには同様の言及がないため、そこでは「個人情報」は特定の個人を識別できる情報に限られていないと解釈する余地もあるのではないかと思われる。

*2:たとえば国立国会図書館について、「図書館法上の」という限定句なしに「国立国会図書館は図書館ではない」と主張されるのを見聞きしたときに感じる「斬新さ」に似ている。