天国と地獄とアレルギー症

問題篇

むかし、あるところに猫釜神康という名前の青年がいました。猫釜さんは実業家を目指して日夜頑張っていましたが、そっち方面の才能が全くなく、とうとう莫大な借金を抱え込んでしまいました。
世をはかなんだ猫釜さんが見晴らしのいいビルを探して街を徘徊していると、上から高所作業員が落ちてきました。ビルの窓ふきの最中に誤って足を滑らせたのです。幸い、下にいた猫釜さんがクッションがわりになったので作業員は一命を取り留めましたが、その衝撃で猫釜さんは気を失ってしまいました。
そこに天使があらわれて、猫釜さんに言いました。
「あなたは尊い人命を救いました。そのご褒美にあなたに死後の世界を見せてあげましょう。天国と地獄、どちらから見たいですか?」
猫釜さんは少し考えてから「天国からお願いします」と言いました。
「わかりました。では天国にご案内しましょう」
天使に手をひかれて猫釜さんは生まれて初めて空を飛びました。ぐいぐいと高度があがって、まばゆい光の輪の中に飛び込んだかと思うと、そこはもう天国なのでした。
天国には大きな家が建っていました。天使の導きで猫釜さんが中に入ると、そこには大きなテーブルがあって大勢の人がその周りに座っています。
「あの人たちは何をしているのですか?」と猫釜さんが尋ねると、天使が答えるよりも先にメイド服を着た少女がワゴンを押しながら現れて、テーブルに着いた人々の前に器を配り始めました。近寄ってみると、それはせいろに盛られた蕎麦でした。
『天国での食事が蕎麦なんて、なんだか変だな』と猫釜さんは感じましたが、口に出すのは控えておきました。客人の身で意見するのは不作法だと思ったのです。
メイドさんの給仕が終わるとテーブルの周りの人々は手をあわせて「いただきます」と唱和し、一斉に蕎麦を食べました。つややかな蕎麦に刻み海苔がのっていて、傍目にもおいしそうです。みんなずるずると音を立てながら蕎麦を食べていました。中には涙を流している人もいます。
『ああ、僕も蕎麦が食べたいな』と猫釜さんは思いましたが、やはり口には出しませんでした。人命救助といっても何もしたわけではなく怪我の功名に過ぎないのですから、蕎麦を要求する筋合いはないと思ったからです。
天国の人々の食事が終わると、天使は「では次に地獄風景を見に行きましょう」と言いました。言い終えるやいなや、天使は猫釜さんの手をつかんで急降下しました。地獄の底へ真っ逆さまです。猫釜さんは遊園地に行っても絶叫系の乗り物を怖がって乗らないくらいの臆病者でしたので、全く生きた心地ではありませんでした。
さて、地獄に着いてみると、そこにも天国と同じような家が建っていました。家の中にも同じようにテーブルがあり、人々は涙を流しながら蕎麦をすすっています。
「あれあれ? 天国と全然変わらないように見えるのですが、いったいどこが違うのでしょう?」と猫釜さんは天使に尋ねました。
「それはいい質問です。一見すると天国と地獄は同じに見えるのですが、実は大きな違いがひとつあるのです。それは……」と天使は説明し始めました。

読者への挑戦

さて、ここで古式にならい、謹んで読者の皆さんに挑戦します。天使が猫釜さんに教えてくれた、天国と地獄の違いとはいったいなんだったのでしょう?
よく考えて、答えがわかったと思った方は、次へお進みください。














解答篇

「それは……蕎麦の違いです」と天使は説明しました。「天国であなたが見た蕎麦はざる蕎麦ですが、今あなたが見ている蕎麦はもり蕎麦なのです」
「ざる」と「もり」の違いだったとは……。猫釜さんは驚きしました。そして、さらに問いかけるのでした。
「あの、その、ざる蕎麦ともり蕎麦はどう違うのでしょう?」
すると、天使はこともなげに答えました。
「上に海苔がのっているのがざる蕎麦、のっていないのがもり蕎麦です」
ちょうどその瞬間、猫釜さんは大きなくしゃみをしました。意識を失って倒れ込んだ猫釜さんを見かけて心配した、近所に住んでいる猫が猫釜さんの顔を覗き込んだのです。そう、猫釜さんは猫アレルギーなのでした。
こうして猫釜さんは意識を取り戻しました。相変わらず借金を抱えたままですが、猫釜さんの心には生きる意欲が沸いてきました。

『天国に昇るにしても地獄に堕ちるにしても、焦る必要はまったくない』と思ったのです。
さあ、皆さん。猫釜さんの再出発を祝福しようではありませんか!

あとがき

夢織り女 (ハヤカワ文庫 FT (73))』を読んでいるときに思いついたネタをついカッとなって30分くらいで書いた。ごめん。
以前書いた『中華麺工房:迷い猫』はラーメンがテーマだったので、今回は蕎麦にしてみた。いちおううどんネタも考えてあるで、もし実現すれば三部作ということになる。書くかどうかは気分次第だけど。