逆クローズドサークル

クローズドサークル」というのはミステリのテーマのひとつだ。「クローズド・サークル」とも書くが、意味は同じだ。知らない人にきちんと説明するのは面倒なのでクローズド・サークル - Wikipediaへのリンクで代える。知らない人はまずこちらを読んでほしい。
見出しに掲げた「逆クローズドサークル」というのは、読んで字の如く、クローズドサークルの逆だ。いま思いついた言葉だ。
検索して調べてみると、こんな用例が見つかった。

あるいは(逆手にとって)主人公は自宅にいて、友人とか恋人が吹雪の山荘で怖い目にあってるのを携帯で状況を聞いて、その情報だけで誰が犯人かを推理するという逆クローズドサークル物とか

なるほど、これも確かに「逆クローズドサークル」と呼びうる。しかし、ここで取り上げたいのは、それとは異なる。「逆密室」もそうだ*1が、何を逆にするかによって、同じ用語でも複数の意味が考えられる。ここでは、「逆クローズドサークル」を孤島や山荘などに数人が閉じこめられ、外界との連絡が絶たれたのち、その閉鎖空間の外で殺人事件が発生するような状況を指すものとする。
なんでこんなことを思いついたかというと、最近クローズドサークルもののミステリを立て続けに数篇読んで食傷して、「どうせなら、不穏な空気だけ漂わせておいて、最後まで殺人事件が起こらなければ面白いのに」と思ったからだ。だが、考えてみれば殺人事件が起こらないと長篇ミステリとしてはかなりしんどい。まあ、電話線が切断されたり、車のタイヤが意図的にパンクさせられたりするのも事件といえば事件だから、誰が何のためにそのようなことをしでかしたのか、そしてそこまで手を掛けておきながらなぜ誰も殺さなかったのか、という謎を提起することも可能だろうが、かなり地味なものになるだろう。それなら、閉鎖空間の外で殺人事件が発生し、閉じこめられた人々がテレビやラジオなどの情報をもとに事件の謎を解くという展開のほうが、間がもつのではないかと思ったのだ。
いや、これではただの安楽椅子探偵ものではないか。吹雪の山荘だろうが、嵐の孤島だろうが、状況はどうでもいいのではないか? そうではない。確かに安楽椅子探偵ものの一変形ではあるのだが、一方で何者かの手によって外界との連絡が途絶されたことについての謎があり、他方に殺人事件の謎があり、パズラーの常道に従ってこれらふたつの謎の間に何らかの関連性が見出せるとすれば、これはこれで意義のある状況設定だろう。
では、どういうふうにふたつの謎を関連づけるか。たとえば、こんなのはどうか。
ある人物が殺したいと思っている相手が複数いて連続殺人を企てたが、そのためには別の人物になりすます必要がある。しかし、なりすます相手のことを知っている人間が何人かいて、それらの人々にばれると連続殺人が途中で阻止されてしまう。そこで犯人は、証人となるべき人々を隔離して足止めし、外界との連絡もつかないような状況にしてから、悠々と他人になりすまして連続殺人を遂行する。
うん、これなら何とかものになりそうだ。物語の中盤までふつうのクローズドサークルものだと読者に思わせておいて、実は定型とは逆だったということになれば新味があるだろう。
……と考えてから、ふと我に返った。この程度のこと、きっと誰かが先に考えついているに違いない。世の中には、新しい着想などそうはありはしないのだから。
というわけで、この駄文をお読みの方で、今述べたような逆クローズドサークルものに心当たりのある方は、ぜひとも作例をご教示ください。そのままでなくても、類似した例ならOKです。ただし、『被害者を捜せ!』以外でお願いします。
また、ミステリ作家またはその予備軍の人で、逆クローズドサークルに挑戦してみたい方はぜひどうぞ。許諾もアイディア料も不要です。できれば連絡もなしにそっとしておいてください。ご縁があれば、拝読する機会もあるでしょう。

*1:被害者ではなく犯人が密室の中にいるような状況も「逆密室」と呼ばれるし、室外で殺害したあと死体を密室内へ移動させるトリックのことも「逆密室」と呼ばれる。