コンパクトシティと除雪費
「コンパクトシティ」論は絵に描いた餅、偽装された因果関係に縛られた楽園にすぎない - Togetterという大変残念な記事を読んだ。なぜ残念かといえば、説得力が全くないからだ。はてなブックマーク - 「コンパクトシティ」論は絵に描いた餅、偽装された因果関係に縛られた楽園にすぎない - Togetterで複数の人が指摘しているとおり、除雪費だけでコンパクトシティ論への反論とするのは乱暴だが、そのような観点からの批判は行わない。ここでは少しレベルの異なる話をしようと思う。
この記事では、コンパクトシティ論者に対して次のような批判を行っている。
コンパクトシティ論者の特徴の一つに「数字」を出さない、ということがある。全てをストーリー(物語)にして解釈する癖があるんだな。除雪費がもったいない、だからコンパクトシティ化だ、というのはストーリー(物語)にすぎない。または、偽装された因果関係に縛られた楽園。
僕はこのまとめで「コンパクトシティ論者の特徴の一つに「数字」を出さない、ということがある」と書いてコンパクトシティ論者を批判しているのに、相変わらず「数字」を出さずに僕を批判している人が沢山いる。話にならないよ!
「数字」を出さない、とは定量的な証拠に基づいて議論をしないということだろう。コンパクトシティ論者が常に「数字」を出さないかどうかは知らないが、たとえば[自滅する地方]記事一覧 - シートン俗物記を読むと、写真が非常に多く具体例が豊富なわりに統計データへの言及が乏しいのは確かだ。
でも、「数字」が出せるなら出すにこしたことはないにしても、いつでも「数字」を出したらいいというものではなくて、逆に「数字」を出さないほうがよかった、という場合もあるのではないだろうか? 出所不明の怪しげな「数字」や、出所が確かでも論を補強するのに適切ではない「数字」なら、出さないほうがましだろう。
たとえば、こんな例はどうか。
コンパクトシティ論者はよく「除雪費を削減するために」と主張するけど、除雪費なんて年間一人当たり5000〜6000円程度。たいした額ではない。その除雪費を削減するために一体、どれだけ税金を使ってコンパクトシティ化するつもりなんだろうな。トータルで考えたほうがいいですよ。ほどほどに。
ここでは確かに「数字」が出ている。しかし、除雪費が「年間一人当たり5000〜6000円程度」というデータの出所はいったいどこなのだろうか? そのまま鵜呑みにしていい「数字」なのだろうか?
同じ記事にもう一箇所、「数字」が出ている。
例えば札幌市は天然のコンパクトシティだ、青森市は車社会化によってスプロール化した都市だと言われているけど、年間一人当たり除雪費は、札幌市も青森市も大差ない。年間一人当たり除雪費は1000円くらい札幌市が安いという程度。コンパクトシティ化しても除雪費が劇的に減るわけではない。
「数字」以前に、この箇所でまず疑問に感じるのが「札幌市は天然のコンパクトシティだ……と言われている」というところ。いったい誰が札幌市のことを「天然のコンパクトシティ」だと言っているのか? 特定の話者を挙げる必要もないほど、一般的なことなのだろうか? しかし、天然のコンパクトシティ - Google 検索では、このまとめ記事とその元ツイート以外に札幌市を「天然のコンパクトシティ」と呼んでいる例が見当たらなかった。
まあ、「天然のコンパクトシティ」という表現そのものは字面の上のことなのでいいとしよう。次の疑問は、年間一人当たり除雪費が札幌市のほうが青森市より1000円くらい安いというデータは確かかどうか、ということだ。そこで、それぞれの市の公式サイトで調べてみた。
札幌市のほうは「道路除雪費」、青森市のほうは「除排雪経費」と言葉が違っているうえ、札幌市のほうは予算ベースであるのに対して、青森市のほうはたぶん決算ベースのようだ。ちょっと比較しづらい。さらに具合が悪いことに、札幌市は政令指定都市なので市道のほか道道の管理も行っている*1ため、除雪費の実数値をそのまま比較できない。
ちょっとめげそうになったが、ひとまず除雪費の比較方法は棚上げにして、札幌市と青森市の主要統計指標を調べてみることにした。これは簡単、都道府県・市区町村のすがた 政府統計の総合窓口 GI01010101からちょいちょいとデータを抽出してみた。
項目名 | 調査年度 | 札幌市 | 青森市 |
---|---|---|---|
人口総数(人) | 2010 | 1,913,545 | 299,520 |
人口集中地区人口(人) | 2010 | 1,846,399 | 229,742 |
人口集中地区面積(km2) | 2010 | 230.25 | 39.32 |
総面積(北方地域及び竹島を含む)(ha) | 2010 | 112,112 | 82,454 |
可住地面積(ha) | 2010 | 44,058 | 26,032 |
評価総地積(宅地)(m2) | 2009 | 135,482,678 | 39,615,910 |
総住宅数(住宅) | 2008 | 985,370 | 139,940 |
道路実延長(km) | 2009 | 5,585.30 | 2,188.80 |
道路実延長(主要道路)(km) | 2009 | 441 | 383.3 |
道路実延長(市町村道)(km) | 2009 | 5,144.30 | 1,805.60 |
……と、ここで大切なことに気がついた。本当は統計データを調べるまでもなくわかっていたはずのことなのだが、札幌市と青森市は人口でみても面積でみても規模が桁違いだということに。当然、都市の構造も全然違う。青森市がどんなにコンパクトシティ化を進めたところで札幌市なみに人口や人口集中地区面積が増えることがないのだから、札幌市と青森市の除雪費を「年間一人当たり」という単純な指標化により比較することに全く意味がない。
ついでにいえば、青森市がコンパクトシティになろうがなるまいが、気象条件が札幌市に近づくことは決してないのだから、積雪量によって左右される除雪費という指標を用いて両市を比較するのはナンセンスの極みだ。
除雪費を例にとってコンパクトシティ論への反論を行うのなら、「仮に青森市で集住が進んだとして、除雪費がどの程度減るのか?」という問いを立てて、シミュレートする必要があったのではないか。道路除雪費に限れば、大まかに言えば道路延長に比例して費用が嵩むだろうから、たとえば「郊外人口の○パーセントが中心地へ移住したとしても、それによって廃止ないし冬期通行止めにできる道路延長は△キロメートルに過ぎない。これは除雪費に換算すると□億円程度であり、ほとんど経費削減効果がないことになる」というような議論を行うべきだろう。実際、別のところではそのようなスタイルの議論を行っているのだから、除雪費の例でむやみに「数字」を出すこともなかったのではないか。冒頭で「残念な記事」と書いたのは、そのような意味も込めてのことだ。
最後になったが、「じゃあお前はどうなんだ?」という問いにこたえるために、過去に書いた関連する話題を扱った記事へリンクしておく。一部、言及先が消滅しているものもあるが、察し読みしてもらいたい。
ああ、「数字」を出していない……。