労働法の問題の続き

労働法の問題の続き。コメント欄で労働法の専門家に詳しく説明してもらったので、それを中心にいろいろ書いてみようと思う。
だが、その前に。
生理休暇の取得について医師の診断書はいらない、という運用の根拠の「1948年基発682号」*1だが、この通達は5月5日付で発信されている。5月5日といえばこどもの日なのに、労働省のお役人さんは休日出勤して通達文書を書いたのだろうか? たぶん、上の記事を読んだ人の10人に9人までが疑問に感じたことだろう。残り1人は放っておいて、9人の疑問に答えることにしよう。
実は5月5日が休日になったのは1949年からだ。国民の祝日に関する法律が制定されたのは1948年7月20日で、それまでの休日は休日ニ関スル件に基づいていたのだが、歴史ある端午の節句は祝祭日ではなかったのだ。そのかわりに「新年宴会」とか「神武天皇祭」とか、どう考えても歴史も伝統もなさそうな日が休日になっていた。
従って、労働省のお役人さんは決して休日出勤をして通達文書を書いたわけではないのである。1948年5月5日が何曜日だったのかは調べていないが、たぶん日曜日でもなかったのだろうと思う。
さて、ここから本題。コメント欄の記述を手がかりにいろいろ考えてみよう。

trivial さんがお持ちの問題関心を俯瞰してみますに,三菱樹脂事件最高裁大法廷判決が採っている立場を調べられるのがよろしいかと存じます。判決文の原文は,裁判所(http://www.courts.go.jp/)トップページから,右上の「裁判例情報」へ入り,期日指定で「昭和48年12月12日」を呼び出してください。その結論を簡単に述べると,日本に於いては,採用に関して使用者の自由を広く認める立場を採っています。

早速、検索してみた。
2件出てきた。
ひとつは「昭和43(オ)932 三菱樹脂本採用拒否」、もうひとつは「昭和43(オ)932 労働契約関係存在確認請求」だ。該当するのは前者のほうなので、早速そっちの判決文【PDF】を開いてみる。
うわぁ、最高裁の中、文字がいっぱいナリ。

 (一) しかしながら、憲法の右各規定は、同法第三章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もつぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。このことは、基本的人権なる観念の成立および発展の歴史的沿革に徴し、かつ、憲法における基本権規定の形式、内容にかんがみても明らかである。のみならず、これらの規定の定める個人の自由や平等は、国や公共団体の統治行動に対する関係においてこそ、浸されることのない権利として保障されるべき性質のものであるけれども、私人間の関係においては、各人の有する自由と平等の権利自体が具体的場合に相互に矛盾、対立する可能性があり、このような場合におけるその対立の調整は、近代自由社会においては、原則として私的自治に委ねられ、ただ、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみ、法がこれに介入しその間の調整をはかるという建前がとられているのであつて、この点において国または公共団体と個人との関係の場合とはおのずから別個の観点からの考慮を必要とし、後者についての憲法上の基本権保障規定をそのまま私人相互間の関係についても適用ないしは類推適用すべきものとすることは、決して当をえた解釈ということはできないのである。

ええと、「浸されることのない権利」というのはなんですか?
読むのが嫌になったので、もう一つの労働契約関係存在確認請求のほうの判決文【PDF】を読んでみることにした。

(一) しかしながら、憲法の右各規定は、同法第三章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もつぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。このことは、基本的人権なる観念の成立および発展の歴史的沿革に徴し、かつ、憲法における基本権規定の形式、内容にかんがみても明らかである。のみならず、これらの規定の定める個人の自由や平等は、国や公共団体の統治行動に対する関係においてこそ、侵されることのない権利として保障されるべき性質のものであるけれども、私人間の関係においては、各人の有する自由と平等の権利自体が具体的場合に相互に矛盾、対立する可能性があり、このような場合におけるその対立の調整は、近代自由社会においては、原則として私的自治に委ねられ、ただ、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみ、法がこれに介入しその間の調整をはかるという建前がとられているのであつて、この点において国または公共団体と個人との関係の場合とはおのずから別個の観点からの考慮を必要とし、後者についての憲法上の基本権保障規定をそのまま私人相互間の関係についても適用ないしは類推適用すべきものとすることは、決して当をえた解釈ということはできないのである。

なんだ、「侵されることのない権利」だったのか。
全文を読むのは面倒なので、ここの要旨をみると、

一、憲法一四条や一九条の規定は、直接私人相互間の関係に適用されるものではない。
二、企業者が特定の思想、信条を有する労働者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない。
三、労働基準法三条は、労働者の雇入れそのものを制約する規定ではない。
四、労働者を雇い入れようとする企業者が、その採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることは、違法とはいえない。
五、企業者が、大学卒業者を管理職要員として新規採用するにあたり、採否決定の当初においてはその者の管理職要員としての適格性の判定資料を十分に蒐集することができないところから、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨で試用期間を設け、企業者において右期間中に当該労働者が管理職要員として不適格であると認めたときは解約できる旨の特約上の解約権を留保したときは、その行使は、右解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解すべきである。

とある。「思想、信条」と性別とでは事情が違うだろうが、性自認と戸籍上または生物学的な性別の異同が問題になるような事例では、類比的に考えることもできるように思う。
もっとも

右のように、企業者が雇傭の自由を有し、思想、信条を理由として雇入れを拒んでもこれを目して違法とすることができない以上、企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも、これを法律上禁止された違法行為とすべき理由はない。もとより、企業者は、一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあるから、企業者のこの種の行為が労働者の思想、信条の自由に対して影響を与える可能性がないとはいえないが、法律に別段の定めがない限り、右は企業者の法的に許された行為と解すべきである。また、企業者において、その雇傭する労働者が当該企業の中でその円滑な運営の妨げとなるような行動、態度に出るおそれのある者でないかどうかに大きな関心を抱き、そのために採否決定に先立つてその者の性向、思想等の調査を行なうことは、企業における雇傭関係が、単なる物理的労働力の提供の関係を超えて、一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請するところが少なくなく、わが国におけるようにいわゆる終身雇傭制が行なわれている社会では一層そうであることにかんがみるときは、企業活動としての合理性を欠くものということはできない。

ここらへんを読むと、「なんだかなぁ」と思う。「いわゆる終身雇傭制が行なわれている社会」ってどこの国の話?
今から40年前の労使関係を前提とした判決が今でも通用すると考えるべきなのかどうか、ちょっと悩むところだ。
ちょっと乱暴な言い方だが、企業者の「社会的に優越した地位」はいまや国家権力と同様に「個々の労働者」にのしかかってくるようになっているのだとすれば、憲法第19条や第14条の規定を類推適用する余地もあるのではないかと思ってしまった。全然レベルの違う話だけど、独立行政法人とか指定管理者とか、1968年当時の裁判官には思いも寄らなかったような制度がいっぱいできている今、国と企業の違いは昔ほどはっきりとしたものではなくなっているように思う。
このあたりは憲法の専門家の意見を聞いてみたいところだが……残念ながら知り合いに憲法学者はいないので、先に進む。

 これに対して,採用時の情報収集を制限する側にあるのがアメリカ合衆国です。米国では差別に対して非常に厳しい立場を採っており,特に人種差別や性差別につながるような行為は縛められています。例えば,米国では履歴書に写真を貼らせてはいけません(事前に黒人だと分かると書類審査の段階で不採用にされるから)。米国の場合,性的マイノリティ(レズビアン,ゲイ)も少なからず居り,これも差別の問題として処理されることになります。

履歴書に写真を貼らせてはいけないとは! 差別対策が徹底していると賞讃すべきなのか、写真で差別される恐れがあるような社会病理を糾弾すべきなのか。
ところで、履歴書といえば、こんな文書【PDF】を見つけた。

〔応募書類の内、履歴書の提出について、次に該当することがありましたか?〕
□大学等から指定された履歴書や「JIS 規格履歴書」ではなく、会社独自の履歴書を求められた。
□大学等から指定された履歴書や提出した「JIS 規格履歴書」のほかに、会社独自のエントリーシート、アンケート等の書類を求められた。

さて、次。

 あと,「女性だと思う人は女性用トイレに入ればいい」というところで問題になった例があるのですよ。S社事件(東京地裁決定・平成14年6月20日労働判例830号13頁)では,性同一性障害であって家庭裁判所から女性名への変更を認められた労働者が,女性用トイレならびに女性更衣室の利用を求めたところ,使用者はこれを認めなかった(それがこじれて解雇事件になった)というものです。興味をお持ちでしたら,判決文をお送りしますよ。

一瞬、判決文を送ってもらおうかとも思ったが、他人に頼ってばかりではいけないと思い直した。たまたま今日図書館に用があったので、いろいろ調べてみると、「労働判例」は見つからなかったが、S社事件の判決を扱った「労働判例研究」なる論文を2件読むことができた。

  1. 藤本茂「性同一性障害者に対する性的ハラスメント――S社(性同一性障害者解雇)事件」,法律時報 2003年 9月号,105頁
  2. 永野仁美「性同一性障害を持つ者に対する懲戒解雇の適法性――S社事件」,ジュリスト 2004.3.1号,105頁

さらに、その後で「性同一性障害者解雇事件」で検索してみると、性同一性障害者解雇事件決定全文(東京地決2002・6・20労判830・13) - TransNewsというページも見つかった。
判決文から興味を惹いた箇所をいくつか引用してみる。

 イ 翌22日,債権者は債務者に対し,「自分を女性として認めてほしい,具体的には,?女性の服装で勤務したい,?女性トイレを使用したい,?女性更衣室を使いたい」旨を申し出た(以下「本件申出」という。)(<証拠略>)。

 イ 3月5日から8日までの各日,債務者は,女性の容姿をして出社してきた債権者に対し,それぞれ下記のとおり記載された通知書を発し,自宅待機を命じた(<証拠略>。以下,下記1,2の命令を「本件服務命令」という。)。

 「就業規則57条(服務義務),58条(服務規定)に基づき下記事項を命じるとともに,自宅待機を命じます。
          記
  1 女性風の服装またはアクセサリーを身につけたり,または女性風の化粧をしたりしないこと。
  2 明日は,服装を正し,始業時間前に出社すること。
 なお,今後も貴殿が上記命令に従わない場合には,当社就業規則に基づき厳重なる処分をすることとなりますので,その旨付記します。」

 ア 債権者は,平成●年●月●日に結婚し,同年●●月●●日,妻との間に子どもをもうけたが,平成●●年●●月●●日,妻との調停離婚が成立した(<証拠略>)。

 イ 債務者は,男性である債権者が女性の容姿をして債務者に就労すれば,債務者社員が債権者に対し,強い違和感や嫌悪感を抱き,職場の風紀秩序が著しく乱れる上,債務者の取引先や顧客が,債権者を見て違和感や嫌悪感を抱き,債務者の名著・信用が低下し,債務者との取引を差し控えることになるのであり,女性の容姿をした債権者を相当な待遇により雇用し続けることはできないから,女性の容姿をして就労することを禁止した本件服務命令は正当であり,これに全く従わなかった債権者に対する本件解雇は理由がある旨主張し,これに沿う債務者社員の陳述書等(<証拠略>)が存する。
 たしかに,債権者は,従前は男性として,男性の容姿をして債務者に就労していたが,1月22日,債務者に対し,初めて女性の容姿をして就労すること等を認めるように求める本件申出をし,3月4日,本件申出が債務者から承認されなかった後に最初に出社した日,突然,女性の容姿をして出社し,配転先である製作部製作課に現れたのであり,債務者社員が債権者のこのような行動を全く予期していなかったであろうことを考えると,債務者社員(特に人事担当者や配転先である製作部製作課の社員)は,女性の容姿をした債権者を見聞きして,ショックを受け,強い違和感を抱いたものと認められる。
 そして,債務者社員の多くが,当時,債権者がこのような行動をするに至った理由をほとんど認識していなかったであろうことに加え,一般に,身体上の性と異なる性の容姿をする者に対し,その当否はさておき,興味本位で見たり,必悪感を抱いたりする者が相当数存すること(<証拠略>),性同一性障害者の存在,同障害の症例及び対処方法について,医学的見地から専門的に検討され,これに関する情報が一般に提供されるようになったのが,最近になってからであること(<証拠略>)に照らすと,債務者社員のうち相当数が,女性の容姿をして就労しようとする債権者に対し,嫌悪感を抱いたものと認められる。
 また,債務者の取引先や願客のうち相当数が,女性の容姿をした債権者を見て違和感を抱き,債権者が従前に男性として就労していたことを知り,債権者に対し嫌悪感を抱くおそれがあることは認められる。

前回の文章では「トイレは別に会社の指示に従って入るところではないから、自分が男性だと思う人は男性用トイレ、女性だと思う人は女性用トイレに入ればいいのではないだろうか」と書いたが、そう簡単に割り切れる問題でもないようだ。いっそ、全部のトイレを男女共用にしてしまえば、とも考えたのだが。ほら、列車のトイレなんて、たいていそうでしょ*2……というのは極論で、一時的に乗車する列車と常時勤務する会社とでは環境が全然違う。特に、走行音の有無とか。
……話が変な方向に行ってしまいそうなので、この辺でやめておこう。
次。

「地方の出先機関」ですが,これは各都道府県ごとにある「労働局」と,全国を約330ブロックに分けて置かれる「労働基準監督署」のことを指します。それに対し「労働基準局」は,霞ヶ関にある厚生労働省の部局の名称です。

これについてはコメント欄でレスをつけておいたが、前回の記事で話題にしていたのは1948年当時の労働省の地方の出先機関なので、もちろん「労働局」などという組織はないわけだ。「労働基準局」のほうが正しい。
参考のため地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律にリンク。
ちなみに、「労働局」は行政事務部局組織法の一部を改正する立法(1954年立法第24号)で設けられた。1954年8月6日公布、同日施行、そしてなんと7月1日から適用されている。つまり、「労働局」が設立されたのは1954年7月1日ということになる。
いろいろ書いているうちに、だんだん眠たくなってきたので、今日はこれでおしまい。もう続きを書く予定はないが、気が向いたら書くかもしれない。明日のことなどわからない。

*1:タイトルがわからないので番号で記す。

*2:もっとも、最近の特急列車のトイレは男女別になっているものが多い。